動画の世紀
中国共産党や米陸軍も活用 「VRプロパガンダ」の世界(2/2 ページ)
VRプロパガンダの効果
こうしたVRの可能性に注目しているのは、当然ながら中国だけではありません。例えば米国の陸軍は、VRを新兵の勧誘に活用しています。
米陸軍は国際的な広告会社であるマッキャン・ワールドグループ、およびVRを使った広告サービスを展開しているオムニヴァートと共同で、視聴者が陸軍の若い兵士になったような感覚を体験できるインタラクティブなVRコンテンツ「In Our Boots」を開発。「戦車を操って敵を攻撃する」「爆弾を除去する」「情報収集する」「ドローンを操作する」という4つのミッションが用意されており、視聴者はVR空間の中で行動しながらクリアを目指します。
コンテンツは没入感が重視され、視聴者は一人称視点で、現実の新兵がどのような役割を担うかを理解できるようになっています。ただしこのVRの目的はあくまで新兵勧誘であり、悲惨な出来事(自軍が攻撃され犠牲者が出るなど)という、もう一つの現実が描写されることはありません。従って、これも一種の「VRプロパガンダ」であるといえるでしょう。
こうしたVRにどれほどの効果があるのか。実は英国の陸軍も同様の「VR新兵勧誘」を行っていて、戦車の操縦やパラシュート降下といった4つのシナリオから成るVRコンテンツを開発。これを利用したところ、採用率が66%上昇したのだとか。もちろんこれには、VRコンテンツに対する物珍しさや、それに伴う「軍でも最新テクノロジーを活用している」といったポジティブな印象による効果も含まれているでしょう。しかし従来の1.7倍近い反応を人々から引き出しているというのは、無視できない結果です。
特にVR技術をプロパガンダに使う上で、VRならではの効果(もしくは危険性)として指摘されているのが、「現実であればあり得ないような経験」を視聴者に実感させられるという点です。VRで新兵になり、自分が傷つくことなく、ミッションを成功させる快感に浸れるというのも一種の「あり得ない実感」でしょう。それをさらに突き詰めると、例えば特定の人種をことさら酷い存在として描いた上で、彼らをVR空間の中で傷つけたり、追い払ったりさせて、差別に対する肯定感を植え付けられるのではないかと懸念されています。
こうした精神面への影響は決して絵空事ではなく、VRをさまざまな恐怖症(高所恐怖症や小動物・昆虫に対する恐怖症など)の治療に応用しようという取り組みも行われています。実際に2018年には、オックスフォード大学の心理学者ダニエル・フリーマン教授が、VRで高所にいるかのような感覚(もちろん安全な形で)を高所恐怖症の患者に体験してもらい、それを通じて恐怖を克服するという治療法を実施。4分の3以上の患者に、症状が緩和される効果が見られたそうです。
もちろんこうしたVRの効果を、社会問題の解決に使おうという動きも存在します。例えばVRコンテンツの制作会社Vrseの創業者であるクリス・ミルクは、ユニセフの求めで、シリア難民問題に対する世間の注目を集めるためのVR映像を制作。難民キャンプにいるシリア人の少女を追うことで、彼女たちがいかに悲惨な状況にいるかを実感してもらおうとしています。
しかし上記のような中国や欧米での動きが生まれていることを思えば、VRのプロパガンダ力が、「弱者を支援する」という方向だけに利用されると期待できないのは明らかでしょう。VRの没入感が人々の思考を変化させる上でどの程度の効果を持つのか、研究は始まったばかり。知らず知らずのうちに一定の方向に意見が導かれていないか、しばらくは個人で注意することが求められそうです。
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動画の世紀
20世紀は「映像の世紀」。現在が「動画の世紀」に突入しているのだとすれば、そこにどんな変化が起きているのか。「YouTubeの時代」訳者の小林啓倫氏が描きます。
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