“PC”あるいは“Personal Computer”と呼ばれるもの、その変遷を辿る
Modern PCの礎、PCIはどう生まれ、いかに成立していったか(2/5 ページ)
PCIは、IALで最初に成功したプロジェクトだったそうだ。実はPCIのプロジェクトには、Intelの中興の祖である故アンディー・グローブ氏が強く関わっていた。そもそもなぜPCIのProjectをIntelが始めようとしたか、というと「誰もしなかったから」ということになる。
グローブ氏によれば、Intelが「新しいBusが必要だ」と判断したのは1989年から1991年の間だった、という。時期的にいえば、IBMがMicroChanelをリリース(1987年)し、Compaqを始めとするいくつかの企業がEISAを制定(1988年)した後である。
EISAの話は本連載「EISAの出現とISAバスの確立 PC標準化への道」でまとめたが、確かに標準規格の一つではあったものの、PCのアーキテクチャの新たな標準になる、という状況からは遠かった。
MicroChannelはむしろIBMを、PCのアーキテクチャを定めるというポジションから遠ざける方向に作用したし、VL-Busは広範に利用されたものの、安定性とか互換性を著しく損なうものであった。
要するにIntelはVL-Busの標準化の過程を横目で見ながら「もうちょいマシなものを用意しないとダメだ」と判断したというわけだ。ただIntelはあくまでプロセッサのベンダーであり、これまでバスの標準化や、その先にあるPCのアーキテクチャの標準化まで踏み込んだ経験は皆無であった。
この背景にあるのは、この時点でPCのアーキテクチャに関してイニシアチブをとれるベンダーがいなかったことだ。IBM PC/ATが普及するまで、アーキテクチャはIBMがコントロールしていた。ところがPC/AT互換機が出た瞬間に、イニシアチブを取れるメーカーがなくなってしまった。
Compaqは確かにAT互換機に先鞭をつけた存在だったが、同社はあくまで自社でテクノロジーを囲い込んでいたから、他社がCompaqと同じ技術を使うことはできなかった。その後Phoenix Technologyなどが互換BIOSを、Chips & Technologiesや台湾SiSなどが互換チップセットを提供するようになると、互換の方式そのものも複数出現することになり、どこか一社の方式が広く使われるということにはならなくなった。これは、旧来のアーキテクチャをそのまま維持する分には問題ないが、そこから新しい方式に移るには、いろいろと都合が悪い話であった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
“PC”あるいは“Personal Computer”と呼ばれるもの、その変遷を辿る
RISCの歴史、Apple Siliconの歩みを語ってきた大原雄介さんのコンピュータ歴史連載、テーマはズバリ「PC」だ。
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
ITmedia NEWSに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
本日の新着記事
アクセスランキング
-
1
メルカリ、梨の転売疑惑に「盗品の出品は確認されず」 誹謗中傷には利用制限も
-
2
Anthropic、「Claude Opus 5」公開 Fable 5に迫る性能を半額で――サイバー安全策は緩和、拒否時は自動フォールバックも
-
3
「iPhone高騰」はこれからも続く? 中国CXMTに近づくApple、メモリ競合へのけん制が不発に終わりそうなワケ【後編】
-
4
「ニューロマンサー」実写ドラマ、Apple TV+で2027年1月配信開始へ
-
5
検索結果に「詐欺ではありません」と表示させる詐欺手口、警視庁が注意喚起 AI要約も餌食に
-
6
「こんなのに追われたら……」急斜面もやすやす爆走、中国製の車輪付き四足ロボのデモ動画が話題 最高時速20km超
-
7
海外の新作バカゲー「電車アタック」にマンガ家が感心した理由 ブッ飛んだ内容と完成度の高さ、そして“日本”
-
8
「めっちゃカメレオン」公式Discord乗っ取り 担当者PCがマルウェア感染、管理者が全員BANに 現在は復旧
-
9
暑さ対策が熱い! 「猛暑対策展」で感じた、転んでもただでは起き上がらない日本人のエネルギー
-
10
スーパーに並んだ「ごちゃごちゃ生成AIポップ」が物議 “看板王”こと、きぬた歯科院長「これはアリ」
ITmedia NEWS SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
ITmediaNEWSをフォロー
あなたにおすすめの記事PR