小寺信良のIT大作戦
あなたは「人材」? それとも「人財」? 字面で魂は救われるのか(3/3 ページ)
辞書の神通力はいつまで残るか
「子供・子ども戦争」の話は脱線のように見えるかもしれないが、要するに歴史的経緯や語源を無視して、字面(じづら)が気に入らないというだけで表記を入れ替えると、後々もめたときに大変、ということなのである。そもそも「子供・子ども戦争」がこれほどまでにもめたのは、どういう意図があってこどもに「供」という字を当てたのか、経緯が見つからないからだ。
言葉や表記は、時代に応じて変化するものだ。多くの人が誤用するようになれば、そっちの方が正しくなる場合もある。そしてその経緯までちゃんと記録してくれるのが、辞書の役割でもある。例えば「一生懸命」は、正しくは「一所懸命」(1つ所に命をかける)であることは、辞書にちゃんと書いてある。そこでわれわれは、「一生懸命」(一生に命をかける)は「うん、それはみんなそう」なので意味がない字面であることを知るのである。
三省堂国語辞典では「人財」について、「人材」の項に『「財産である人」の意味で「人財」とも』と加筆したというが、これで「同じ意味で使うのに字面を嫌って当て字を変えた」ことが十分伝わるのか。そして「人材」と書くのは誤りで、むしろ人権侵害みたいな捉えられ方に曲解する者が出てきて、それで後世、100年後とかにまたもめるのではないかと、とても心配である。100年後には筆者も読者諸氏もこの世にはいないので、今こうして言葉が変わっていったときの空気感を説明できない。
そういうことだから辞書に経緯が載る意義がある、と主張したいところだが、今の状況をよく考えてみて欲しい。あと100年後、辞書編纂(さん)事業と、Wikipediaのようなネットの集合知システムと、どちらが生き残って、どちらがより利用されているだろうか。
筆者は長い時間をかけて改編を続けてきた辞書の正確性を信頼しているが、その辞書がインターネット上でも紙の出版物同様、その立ち位置をきちんと築けているか、疑問である。
辞書とネットの集合知を比較して記述が違っていたとき、このままでは後世の人たちは「辞書には誤りが多い」と判断してしまうのではないだろうか。言葉は時代に応じて変わるが、「今」が常に正しいわけではない。そのアンカーの役割を、辞書はいつまで果たせるだろうか。もし果たせないのであれば、それに代わるものは何だろうか。
今は「人財」という字面の優しさだけで、魂が救われる気持ちがするかもしれない。しかしそれが、意味の正確さよりも大事だというのであれば、「コイツの魂、やっす!」と付け入られる可能性すらある。
字面と行為は、必ずしも一致しない。言葉の優しさは、そんな当たり前の事実を覆い隠してしまう。だからこそ、言葉の表面だけでなくその奥を知ることはとても大事であり、「人財」という字面を使う側、見る側とも、その点をゆっくり立ち止まって考えていただきたいところである。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
小寺信良のIT大作戦
ベテランのテクノロジーライターである小寺信良さんがIT分野全般にわたって考察する。
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
ITmedia NEWSに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
本日の新着記事
アクセスランキング
-
1
「Xが情報収集に役立たない……」熊本地震で不満の声続出 「Twitterを返して」
-
2
メルカリ、梨の転売疑惑に「盗品の出品は確認されず」 誹謗中傷には利用制限も
-
3
はてな、11億円流出の調査報告書を公開 偽警察、口外禁止、残業・休出200時間超、孤立……ほころびが連鎖
-
4
「こんなのに追われたら……」急斜面もやすやす爆走、中国製の車輪付き四足ロボのデモ動画が話題 最高時速20km超
-
5
検索結果に「詐欺ではありません」と表示させる詐欺手口、警視庁が注意喚起 AI要約も餌食に
-
6
農水省の“クソダサ”ポスター話題 「AIよりよっぽど良い」の声も 担当者に狙いを聞いた
-
7
Z世代に聞く次の流行、「AIイラスト」が1位に 「Claude Code」も上位
-
8
東野圭吾さん死去、Xなどで追悼相次ぐ 「ガリレオ」など数々の人気作、エンジニアから転身
-
9
NVIDIAやMicrosoftなど30社超、オープンAIの防御ツール共同開発の「Open Secure AI Alliance」設立
-
10
「あ、その情報メモしたい!」を叶えるワイヤレスイヤフォン、Nothing「Ear (3a)」
ITmedia NEWS SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
ITmediaNEWSをフォロー
あなたにおすすめの記事PR