日本は「月面輸送」を産業にできるか? 三菱重工と組んだispace、国産ロケットを選んだ3つの理由(3/3 ページ)

H3契約、ispaceの狙うポジション

 そこでispaceは、NASAの調達に参加するだけでなく、自ら顧客とサービスを束ねる方向へ動いている。実績となりうるのが7月24日に発表されたばかりの欧州宇宙機関とローバーを使った月面探査計画「MAGPIE(先端地球物理学および極域氷探査ミッション)」だ。

 MAGPIEは、ispaceが月探査車(ローバー)、運用、科学データまで担う案件で、直接的に技術企業としての価値を示す取り組みだ。ローバーの目標は月の極域で水資源を探査すること。月面の水資源は、酸素や水の供給源またはエネルギー源となりうる、月面長期滞在の資源と目されている。これを利用しやすい氷の状態で保持しているのが南北の極域、特に南極だとみられており、月面探査の実証フェーズでの特に重要な科学目標になっている。

 MAGPIE計画が進展すれば、ispaceが世界の月面探査の中核的ミッションを担いうるとの期待も高まる。計画は29年にミッション4として実施される予定だ。現在、世界で月着陸機の実績を持つ国は達成順にロシア(旧ソ連)、米国、中国、インド、日本の5カ国。その中で、民間企業による活動を政府資金でプログラム化しているのが米日の2カ国だけだ。仮にMAGPIEが成功すれば、ispaceは国家として月着陸探査を指向する国にサービスとして月面へのアクセス能力を提供しうる立場になる。

 ただしランダーの成功とローバー展開がまだ実現していないことを考えると、M3/H3ミッションでの成功へのプレッシャーも高まる構図になっている。

 それとは別に、サービスの多角化をはかる動きもある。SpaceXのStarship月ミッション枠を購入し、複数顧客向けの統合サービスへ変える販売・運用モデルも進んでいる。これによりランダーという機体の提供ではなく、顧客が月面で仕事を実行するための統合・輸送・運用サービスが同社の事業に加わる。

 一連の動向を整理すると、MAGPIEは月面でミッションを遂行する技術を、Starshipは大容量の輸送枠を顧客向けサービスに組み替える事業モデルの構築を示す。今回のH3契約は、そこに日本側が主導できる打ち上げから着陸までの輸送能力を加える動きになるわけだ。

 さらに国内企業との連携は、日本勢が自律的、主体的に月面ミッションを組み立てる能力の確保につながる。NASAの需要に参加するだけなら、ispaceはNASAが決めたミッションを遂行する多数のサプライヤーの一社にとどまり得る。CP-12の例のように機会がゆらぐこともあり得るし、実証を積んで技術を磨く機会も外部から制限される。

 日本は資金確保の面でまだまだ弱い。とはいえ、H3とULTRAを使った取り組みが成功すれば、日本政府や国内外の顧客が企画したミッションを、日本企業が打ち上げから月面まで外国に依存せずに運ぶ経路につながる──というのが、今回の要点といえるだろう。

「着陸成功」だけでは産業にならない

 とはいえ、ispaceの事業からリスクが消えたわけではない。これまで同社は2度、着陸に失敗している。搭載ロケットに起因するものではなく、ランダー自身のミッション設計から発生した失敗だ。まだ開発中のULTRAランダーでこれを克服できるかどうかは次の機会にかかっている。

H3ロケットと五十嵐宇宙事業部長。撮影:小林伸

 H3の打ち上げ頻度も課題だ。現状では年間6~8回程度が目標で、拡大を目指しているものの、その中で民間月輸送サービスをどの程度実施できるかはまだ見えていない。さらに重要なのは、一度の契約だけでは月面に定期アクセスを保証する「定期航路」にはならない ということだ。

 つまり、2社の契約において注目すべき点は、日本初の民間月着陸を達成できるかだけではない。顧客が“次の便”も購入できるよう、輸送、着陸、展開、移動、通信を反復可能なサービスにできるか──これが「日本の月面輸送」実現の分岐点になるだろう。

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