小寺信良の「プロフェッショナル×DX」
ウクライナで拡散するAI偽情報 「本物の映像」をどう証明するか、AIと戦争が変えた「C2PA」の意義(2/3 ページ)
Suspilneは、ウクライナ最大かつ唯一の公共放送で、全国テレビ3チャンネル、全国ラジオ4チャンネルを運営し、月間2000〜3000万規模の閲覧がある。Khilchenko氏によれば、ウクライナには二種類の戦争がある。1つは物理的な戦争、もう1つはNATOが「第6の領域」と呼ぶ、認知戦だ。
物理的な脅威には空襲警報があるが、偽情報には有効な警報がない。ロシア公式のプロパガンダ予算は年間1463億ルーブル(約2826億円)に達し、botやトロールを含めれば実際はさらに大きいという。
実際に出回った偽情報として、次の3つが紹介された。
- 「疲れ果てた兵士」動画:塹壕で絶望を語るウクライナ兵を装った動画が数百本確認された。偽情報対策センターが2026年1月に発見し、「Facebook」や「TikTok」、「Instagram」などで拡散され、最大のものは330万回再生された。登場する人物は実在せず、AI生成動画である。
- 偽の手話通訳:実際の大統領演説の放送に、実在の手話通訳者を装ったAI生成の小さな人物を合成し、「You have been lied to」(あなたはだまされてきた)と表示した画像が拡散された。
- 徴兵事務所の偽写真:インド人男性がウクライナの徴兵事務所の制服を着ているAI生成写真が、「Telegram」(チャットサービス)の1投稿から、約1日で約300投稿に広がった。
同氏はこうした偽情報の狙いを、「うそを信じさせること」ではなく、「全てを疑わせること」だと分析している。何でも生成できると人々が受け入れれば、本物の証拠も「AI」の一言で退けられるようになる、という指摘である。
ファクトチェックは、偽情報の生成より難しく、コストも高い。このためSuspilneでは、全ての偽物を見つけるのではなく、本物に署名して区別するという発想へ転換した。これがウクライナにおける、C2PAの位置付けだ。
プロダクト責任者のIesin氏は、キーウ州の砲撃後の現場写真を例に、コンテンツ認証情報の中身を3層で説明した。
- 第1層 身元:「Suspilneが発行・署名した」という表明
- 第2層 履歴:元ファイルから公開までの、コンテンツ管理システム(CMS)上での編集の流れの記録
- 第3層 証明:保護された署名を、誰でも許可なく検証できる仕組み
この背景にあるのは、Internews Ukraineの2025年調査で、ウクライナでは72%がTelegramでニュースを得ており、37%はソーシャルプラットフォームのみに頼っている、というデータだ。放送なら電波以外から情報が混入することはないが、オンラインの情報は容易に改ざんされる。放送網は機能していても受信する方法がなく、オンライン、とくにSNSに頼らざるを得ない状態の人がかなりの数に上っていることは、情報の真正性としては大きな問題だ。
ロイタージャーナリズム研究所の Digital News Report 2026(2026年6月公表)によれば、メディアへの信頼は37%と過去最低水準にあり、62%が「オンラインのニュースについて、インターネット上の何が本物で何が偽物か分からない」と懸念している。つまりウクライナの状態は、もはや戦時下の極端なもの、とはいえなくなっている。
公開された情報の検証を、どう即時に行うのか。読者がAIの要約やフィードで接する場合、どう信頼性を届けるのか。答えは、「ファイルに埋め込まれた証明」しかない。
SuspilneはBBC Media Actionの支援を受け、欧州全体の公共放送に先駆けて、制作ワークフローをC2PA準拠として運営を開始した。ソニーのカメラ2台、エンジニア2名とプロダクトマネジャー1名の計3名だけで、約6カ月かけて本番のβ運用に到達した。
戦時下において情報の真正性は、生存に直結する。情報の受け手が自分の手で真正性を確認できることが、最も重要となる。
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クラウド活用にリモート編集環境と、映像にまつわるプロフェッショナルの分野にDXの波が押し寄せている。プロの現場で何が起こっているのか。最新のITトピックを小寺信良氏が解説する。
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