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住基ネット侵入実験の発表中止問題、専門家が総務省を提訴

» 2004年11月22日 20時17分 公開
[小林伸也, 岡田有花,ITmedia]

 情報セキュリティイベント「PacSec.JP/core04」で予定していた住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)侵入実験に関する発表が総務省の要請で中止を余儀なくされ、言論の自由を侵害され精神的苦痛を受けたとして、セキュリティ専門家のイジョビ・ヌーワーさんが11月19日、国を相手取り損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。

 ヌーワーさんは米セキュリティサービス会社SecurityLab Technologiesの最高技術責任者(CTO)。長野県の依頼で昨年9月から11月にかけ、住基ネット侵入実験を実際に担当した。

 訴状によると、ヌーワーさんは11月11−12日にかけて都内で開かれたPacSecで、実験で得た内容について「Inside Jukinet:The Audit」と題して公開する予定だった。これに対し総務省は、スライド用プレゼン資料の一部について公表しないよう要求。ヌーワーさんは、発表を強行するとセミナーの運営に迷惑をかけると考え、発表を断念した。

 このためヌーワーさんは、憲法第21条が保障する表現の自由を侵害され、セキュリティ専門家としての誇りを傷つけられるなどし、精神的苦痛をこうむったとして、国家賠償法に基づき損害賠償3000万円の支払いを求めている。

「日本の研究者は、セキュリティに関してもっとオープンに議論すべきだ」とヌーワーさん

公表中止を求められた資料は「住基ネットの脆弱性」について

 ヌーワーさん側の主張では、「総務省はイベントの1カ月前から発表内容を知っていたが、発表直前になってから大幅な変更を要求した上、直接会って話し合いをしようとせず、合理的な理由もなく内容の修正を迫った」──ことを問題視している。

 ヌーワーさんと訴状によると、プレゼン資料は10月上旬、PacSecの国内主催者であるエス・アイ・ディーシー(SIDC)を通じて総務省に電子メールで告知したが、その後総務省から反応はなかった。

 PacSec直前の11月9日になって、総務省はSIDCに対し、発表内容について話し合いたいと要請。同日中に両者間で話し合いが行われ、ヌーワーさんは翌10日、SIDCから総務省の要請内容を聞かされた。

 それによると、総務省はスライドの内容の一部について(1)掲載されているネットワーク図は住基ネットではない、(2)スライド中に無線アンテナが登場するが、住基ネットでは無線LANを使っていない、(3)住基カード発行用コンピュータの操作画面が写った写真があるが、これは公表していないので出さないでほしい、(4)スライド中の言葉「Tools Used」「Systems Compromised」を除くように──と指摘し、修正を求めた。

 これに対しヌーワーさんは(1)と(2)については「住基ネットの範囲を説明を説明するものではなく、自分の作業範囲を説明する図面」「住基ネットが無線LANを使っていることを説明する写真ではない」とそれぞれ反論。だが(3)については「公表されているかどうか分からないので、公表を取りやめる」、(4)については「具体的な説明は長野県との守秘義務契約があるのでやめる」と修正に応じ、修正版スライドを作成して同日中にSIDCに送った。

 発表前日の翌11日、総務省とSIDCからの連絡はなかった。当日の12日朝になって、SIDCから「総務省の担当者に直接メールを送ったほうがいい」と言われ、担当者宛てに修正版を送信し、直接の話し合いを申し入れた。総務省はこれに応じると返事したが、話し合いに現れたのは住基ネットを運営する外郭団体・地方自治情報センターの職員だったという。

 職員は修正版スライドではなく、1カ月前のスライドを基に話し合いに応じるよう求めた上で、スライドの結論部の4枚について公表しないよう要求した。理由について説明はなく、職員は「指示に全面的に従わない限り、発表してはいけない」と迫ったという。職員は終始、携帯電話で総務省の指示を仰いでいた、という。

 代理人の清水勉弁護士によると、問題となった4枚のスライドには、住基ネット担当職員のセキュリティ意識の低さや、システムの設置方法の問題点など、住基ネットの脆弱性に関する指摘が箇条書きされていた。ヌーワーさんは、この4枚がないと発表する意味がないと考え、断念したとしている。

 ヌーワーさんは「総務省は私と直接会って対話せず、主催者を通じてプレゼンをやめさせようとした。これは憲法が禁じた検閲であり、言論の自由を侵害している」と主張。オープンな対話を促すために訴訟を提起したと話している。

総務省のコメント

 提訴について、総務省情報通信政策局情報セキュリティ対策室は「訴状を見ていないのでコメントできない」としつつ、「スライドの最後の4枚には、誤解を招く可能性がある表現があったため、問題があるかもしれないとSIDCに伝えたのは事実。しかしヌーワーさんとは直接やりとりしておらず、詳しいことは分からない」と話している。

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