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仕事は生きざまであり、存在そのもの――本城慎之介さんキーマン、本を語る【子どもたちに手に取ってほしい3冊】(1/3 ページ)

» 2012年07月26日 12時00分 公開
[取材・文/伏見学,ITmedia]

 日本でも有数の避暑地である長野県・軽井沢町。この地で本城慎之介さんは奥さんと5人の子どもとともに4年前から暮らしている。現在は、「森のようちえんぴっぴ」のスタッフとして、毎日のように3歳〜6歳の子どもたちと一緒に森の中で過ごしている本城さんだが、かつては、三木谷浩史氏らとともに楽天を創業し、副社長としてビジネスの最前線で奮闘していた。インターネット業界に身を置いていたとは思えないほど、今では、日に焼けた、精悍な顔つきが印象的だ。

 かねてから教育や学びに関心があった本城さんは、2002年末に楽天の副社長を辞任した後、横浜市教育委員会の公募によって2005年4月から2年間、都筑区にある東山田中学校の校長を務めたほか、都内の学校法人や奨学財団の理事として学生などを支援している。そのほかにもさまざまな活動をする中で、現在、大部分のエネルギーを注いでいるのが、「森のようちえんぴっぴ」の仕事なのだという。

雪の日に出会った衝撃

 森のようちえんぴっぴは、軽井沢のキャンプ場と周辺の森を拠点にし、天気のよい時だけでなく、雨が降ろうと雪が降ろうと基本的には野外で過ごすというユニークな特徴を持つ。本城さんがぴっぴに初めて訪れたのは、2009年2月のある雪の日。自分の子どものための幼稚園や保育園を探していて、候補の1つとして一日見学することになったのだ。そこで、本城さんは衝撃的な体験をする。

本城慎之介さん 本城慎之介さん

 寒空の下、園児たちと朝から一緒に遊んでいた。お昼ご飯の時間になり、皆でたき火を囲みながら煮込みハンバーグと焼きおにぎりを食べることになったとき、3歳になったばかりのある男の子が濡れた手袋を外して、それを乾かすためにたき火の周りの石の上に置いた。明らかに手袋に火が燃え移ってしまう距離感で、スタッフの人たちは気付いていたのにもかかわらず、誰も何も言わなかった。

 なぜ、「危ないよ」とか、「燃えちゃうよ」などと注意しないのか、本城さんが不思議に思いながらもその様子をうかがっていると、案の定、手袋はこげてしまい男の子は泣いてしまった。「やっぱりこげましたね」と本城さんが言うと、スタッフの一人は「そうですね。でもね、先週は燃やしちゃったんですよ」と答えた。

 その瞬間、ガツンと頭を叩かれたような衝撃を受けたのだ。「スタッフは前回、手袋が燃えるまで見守った。そして今日は焦げるまで見守った。けれど男の子は前回失敗したおかげで、火の距離感がだんだんつかめてきて、燃やすから焦がすに変わりました。きっと次回は焦がさずに手袋を乾かせるでしょう。子どもの失敗を見守って、何度も挑戦させてあげるというかかわりの豊かさに感銘を受けました」と本城さんは振り返る。

「それまで僕の中での教育とは、何だかんだ言ってもうまくいく方法や成功する方法を教えるというイメージがありました。ぴっぴはそうではなく、たくさん挑戦でき、たくさん失敗できる安心感を用意し、そこから学ばせるというものでした。子どもにとって失敗が許容されているのは非常に大事で、これを実践しているのは素晴らしいと思いました」(本城さん)

 本城さんは続ける。

「それまでの僕の教育観は、きれいな花がたくさん咲きますように、早く実がなりますようにという、地面よりもはるか上の方ばかり見ているものでした。でも、ぴっぴは根っこの部分を重視しています。どんなに強い風が吹いても大雨が降っても倒れないように、しっかりと地中に根を広く深くはることを目指していました」(本城さん)

 実は、本城さんが軽井沢に移住してきた理由の1つに、全寮制の中高一貫校をこの地で立ち上げたいという思いがあった。しかし、ぴっぴと出会い、これは中高一貫校を作っている場合ではないなと考え方が大きく変わったのだ。結果的に、本城さん自身がスタッフとしてぴっぴにかかわることになった。

子どもたちと真剣に向き合う

 ぴっぴで働くようになって4年目を迎えた今、本城さんはその魅力さにますますのめり込んでいるという。ぴっぴにいる28人の子どもたちや保護者との関係を深めるためにはどうしたらいいか、子どもにとって何が大切なのか、子どもにとって大人はどういう存在で、どういったかかわり合いが必要なのかを日々学んでいる。「ほかの地域にも展開するのかという質問も受けたりするように、幼稚園経営を広く行うのだろうと思われることもありますが、今はそういうことには興味はありません。今は、広めることよりも深めることに関心があります。ぴっぴでの仕事を徹底的に大切にすることが、僕自身の存在が生きることだと考えています。これが僕の回答なのです」と本城さんは力を込める。

 これまで本城さんは、幼児から小中高生、大学生や起業家に至るまで、幅広い層の人たちとかかわり、共に学んできた。そうした本城さんにとって「相手と真剣に丁寧に向き合うこと」が大切にしている教育のテーマだという。

「いわゆる“教える側”の何気ない一言や行動が、相手の人生を変えることがあるのです。なぜかというと、教える立場と教わる立場という役割が設定されてしまうと、例えば、教壇の前に立つだけで見えない力が発揮されてしまうのです。その影響力は大きく、危険なものでもあります。教える立場になったとき、自分はとても危険な影響力を持っている人間だという自覚が重要で、だからこそ、丁寧に、真剣に、手を抜くことなく相手とかかわらないといけないのです」(本城さん)

 特に、2、3歳の幼児だと、本城さんのこれまでのキャリアなど関係なく、「本当にこいつが楽しい人間か、安心できる人間かという本質的な部分を吟味されているように感じる」(本城さん)ため、一人の存在としてより真剣にかかわることが求められているという。

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