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夜明け前の町に灯る明かりのような希望 おかずさん教えて! 絵師さん

» 2016年06月20日 13時00分 公開
[山崎春奈ITmedia]
photo 東の空に、今一度(クリックでpixivへ)

クリエイター:おかず

pixiv:おかず

Twitter:@atory501l

 小学生の頃から、友達と自作のカードゲームを作ったり、星のカービィやポケモンのキャラクターを描いたり「お絵描き遊び」には親しんでいましたが、本格的にイラストを描き始めたのは大学に入ってからです。遅いスタートでした。

 高校3年の初めまでは、理系の大学を目指して勉強しながら運動部に所属して汗を流していました。部活の引退時期を迎えて突然時間がたくさんでき、もともと映画やテレビゲームが大好きだったこともあり、以前から自分の周りで流行っていた深夜アニメや少しニッチなゲーム、漫画に傾倒していきました。

 特にこれといったきっかけはないのですが、好きな作品のファンアートを自然に描き始めます。最初はどこかに公開することもなく、友人に見せる程度だったのですが、みるみるハマっていきまして。そこで初めて「あ、自分は絵を描くことが好きなんだ」と感じました。

 この時はまだ「絵で表現していきたい」「将来は絵を描く仕事に」という強い思いがあったわけではないんですが、このままもう少し描いていたい、もっと踏み込んでみたい、今は頭の中で抱えているだけのモヤモヤと薄ぼんやりした感覚を面白いものとして形にできるんじゃないか……という希望のような思いがありまして、親や当時の先生には申し訳なかったとも思うのですが、受験まで残すところ数カ月の段階で美術大学を目指すことに決めました。

 進学したのは京都精華大学のマンガ学部。当時「WALL・E」というピクサーのアニメ映画の大ファンだったのでアニメーション学科を選びました。

 大学に入学するまではただただ楽しくて絵を描いていたのですが、それまでより多くの作品や切磋琢磨する友人たちに出会い、pixivなどのイラスト系SNS、ネット上で活躍する絵描きさんの存在を知り、やっと自分の絵の至らなさを実感しました。楽しい! だけでは自分が作りたいものを実現するには足りないな、たくさん作品を作って人に見てもらってちゃんと勉強しよう、とあらためて思い、ようやく積極的に制作活動を始めました。思い返しても本当にマイペースですね。もともとスタートが遅かったので、とにかく自分の力を磨こう、もっといろいろなものを知って吸収しよう、ということが大学時代の第1目標でした。

 在学中は絵と手書きアニメーションの制作に力を注ぎ、特にイラストに関するお仕事はしていませんでした。卒業間際でやっと自分の作品と呼べるものが生み出せるスタートラインに立てた感覚だったので、「自分にはまだ何もない」と卒業後の進路にも大いに悩み……。好きだった会社にいくつか就職活動を始めたのですが、大好きなゲーム会社のハル研究所の最終面接で落ちたんですよ。正直なところそこでかなり落ち込みました。頭では気持ちを切り替えようと思ってはいるのですが、内心路頭に迷ったような心地でした。

 路頭に迷ったならいっそのこと思い切って好きなだけ迷ってみるか、自分に何ができるか模索してみようじゃないか――と、当時の私は若干やけくそ気味に思い至り、実家に戻って向こう3年間、作品作りに没頭することに決めたのです。

 そんな生活の中で今でも尊敬する方々と出会い、ありがたいことにお仕事のご相談もいただくようになりました。今はフリーランスでゲームや書籍のイラストのお仕事をしながら、個人の作品作りも進めている具合です。

 今年、とうとうその3年目です。変わらず迷走中なのですが、お仕事を1つ1つこなしながら、少しでも恩返しできるよう背筋をグーッと伸ばして精進していきたいなと思っています。これまでネット上を中心に作品を発表してきたので、これからは即売会や展示会、コンペなども積極的に取り組んでいきたいなと思っています。

 出発点がサブカルチャーなので、吉田明彦さん、吉川達也さん、吉田健一さんなどから影響を受けてきました。pixivなどイラストSNSや、海外の作家さんの作品もよく見ています。アンリ・カルティエ=ブレッソンやロベール・ドアノーなど、ヨーロッパの写真家の写真集も好きで、擦り切れるほど毎日開いています。ミュシャやロックウェルの絵を模写していた時期もありました。

 描写の面でも、テレビゲームや映画、本から影響を受けていると思います。ファンタジックな独特の世界観がある作品が好きで、特に小説「守り人」シリーズの上橋菜穂子さんの大ファンです。生き生きとした生活の描写、厚みのある人物像、1人1人の個性と人間性、集団の営みの中で描かれる「生きるとは」という壮大な問い――魅力ある表現の数々を尊敬してやみません。

 夜明け前の町並みにぽつんと灯っている明かりのような、寂しげな雰囲気の中に小さい希望のようなものがある様が好きで、作品イメージの種にすることが多いです。

 それから、絵に描いた風景や人物の心情が何となく感じられる絵になるように心がけています。会話の中で、場所の歴史を知った瞬間に、なんとなくその人や場所に愛着を感じたり、自分や誰かと重なる部分が見えてグッとくる感覚ってありますよね。そんな雰囲気を表現できたらな、と思っています。シュルレアリスム的な表現の中にドキッとするような現実味があって、その相反する要素で独特のはかなさが現れている絵も好きで、自分も描いてみたいという思いがあります。

 散歩をしたり、ご飯を食べたり、友達と話をしたり、作品を鑑賞したり――そんな時に、フッとイメージや考えが思い浮かんで、それを自然に「絵にしてみよう」と思える時は、絵を描いていてよかったなぁ、と思います。

 実際に絵にして誰かに見てもらうことで、その作品が私の手を離れ、見てくれた方のものになれたのなら、それはもうまさしく「夜明け前の町並みにぽつんと灯っている明かり」を見たような心地になるほどの感動があります。世の中を見て、触れて、寄り添って、イメージしたものを、もう1度世の中に作品として返した時、どこかの誰かの大切なものになっているとうれしいです。

教えて! 自慢の1枚

東の空に、今一度

 pixiv主催のイラストコンテスト「P1グランプリ」に出品した作品です。その時のできうる力を目一杯込めて奮闘したので、思い出に残っています。

時の庇

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 最初に描こうと思ったイメージを、最後まで保てたまま絵にできたので気に入っています。時間の止まった古城に幽閉されている女性と、不治の病を患い、延命するために古城にやってきた少年をイメージしました。

春風の魔女

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 何となく描いた落書きから生まれた絵なのですが、表情が非常に気に入っていて、今でも大好きな絵の1つです。


「教えて! 絵師さん」連載終了のお知らせ

2014年夏にスタートした本連載ですが、今回をもって終了いたします。2年弱にわたり、ご愛読くださった皆さま、ありがとうございました。過去の掲載分は以下のページからお読みいただけます。


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