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“ガーシー現象”に“トヨタ社長フェイクニュース”、ネット社会の非対称性について考える(2/2 ページ)

» 2022年08月22日 15時51分 公開
[本田雅一ITmedia]
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“背景情報の希薄さ”を活用する人々の希薄さ”を活用する人々

 加えてネット時代には同じ話題について、内容がほとんど同じ記事が同時多発的に発信され、それを読むことも多くなる(まったく同じ記事が複数サイトから発信されることも日常的なことだ)。

 こうした状況に慣れてくると「あぁ、またその話か」と、記事のタイトルを見るだけで反応してしまうケースも増えていく。Twitterなどでの再発信で、再発信者のコメントが加えられていると、そのコメント内容とタイトルだけで内容の傾向を判断し、自分の知識の範囲内でストーリーが出来上がり、反射的にリツイートして批判(あるいは賛同)するというパターンだ。

 記事をしっかりと読めば誰もが不自然さを感じる内容でも、再発信の繰り返しで背景情報が失われた上に、コメント付きリツイートや引用しての再発信などで新しい情報が加わり、あたかもそれらしい現実のように語り継がれる。

 こうして、ニュースサイトのような体裁を整えているものの、たった4本しか記事が掲載されていない個人ブログにも関わらず(あっという間にフェイクであることは露見したが)本物のニュースのように拡散すると言うことが起こるわけだ。

 おそらくだが、冒頭の豊田章男氏に関するニュースも、掲載した個人ブログオーナー自身、ここまで話題になるとは想像していなかったのではないだろうか。

 該当記事はその後削除されたが、すでに再発信が繰り返され、ブログに引用されるなどで、現在も至るところに痕跡が残っている。数年後、その痕跡を使ってまことしやかな再発信をする者も出てくる可能性があるだろう。

 もちろん、その頃にはニュースとしての鮮度や価値はない。

 しかし、それでもある程度の信憑性を帯びてしまうのは、もはや“元の情報”までの距離が遠く、誰もその確認を行わなくなってしまうほど付随情報が希薄だからだ。その上、一度でもバズれば痕跡も数多く残る。都合の良い主張を強調する材料として使うのに都合がいい。

ガーシー議員に期待する人が生まれた理由

 こうした情報を追跡することの難しさ、背景情報の乏しさは時に驚くような結果をもたらす。

 先日の参院選でN国党・比例区から立候補したガーシー議員が多くの票を集めたのも、背景情報が薄く、情報や現象の多面性を単純化してしまうネット社会、ネットコミュニティならではの現象に見える。

 SNSでは情報発信が容易で、議論やムーブメントに自ら参加し、世の中を動かすことに加わっているかのような錯誤を起こしやすい。しかしSNSは情報発信こそ容易で誰もが平等といえる側面もある。

 しかし当然ながら発信から得られる影響の大きさは異なる。ネットがもたらすフラットな世界を感じさせつつ、一方で発信力の違いや発信方法やブロックなどの機能を巧みに使って支持者の意見だけが集まるコミュニティを作ることができれば、都合の良い情報ばかりを溢れさせることもできる。

 ガーシー議員は現時点で犯罪での告発は受けていないものの、詐欺が疑われる状況で国外へ出国し、出国先のUAE・ドバイから暴露系YouTuberとして稼ぎ、支援者の協力も得て集めたお金を弁済した。彼が注目を集め、一部有権者から期待された理由は、誰もがよく知る有名人の裏の顔を暴露したことが発端だった。次々に著名人の暴露を行い、YouTubeのライブで質問などに答える中でガーシー議員は“全てを失った者として誰にも忖度せず物を言う”という属性を得た。

 このことそのものは、決して間違ったものではない。しかし、芸能人などの裏の顔をごく一部知っているからといって、世の中のあらゆる情報を把握できるはずがないことは自明だ。それでも当選したのは“ガーシーは善人ではないが既得権益を守る立場にはなく、むしろ既得権益を持つ人間に忖度せずにモノを言える”という、シンプルな構図に落とし込んだ。

 N国党は比例区で2%(110万)以上の票を獲得したが、そのうち29万票近くはガーシー氏への投票だった。

photo ガーシー氏を中心とした独自のSNS「GC2」

”なぜ暴露できていたのか”に至らないが故に投票

 ご存じのように、詐欺容疑で立件される可能性が否定できないガーシー議員は国会への登院意思がないことを公言しており、議員活動に際してどの委員会に興味を持っているかにさえ言及はない。

 過去に恋愛関係のあった男女のキスシーンを、本人曰くYouTuberへの警告、見せしめとして無意味に暴露したり、SNS上で対立する相手の配偶者への恫喝をちらつかせるなど、およそ公益性が認められない行動を続けている。

 果たしてガーシー議員に票を投じたことは正しかったのか、それは投票した有権者自身が考えるべきだろう。

 前述したようにガーシー議員は渡航先のドバイから、国政の役に立っていない政治家や経済界の実力者について裏の顔を暴露・告発することを公約としていた。もちろん、それは立法府で行うべき仕事ではない。

 しかしSNSでの情報発信や伝達では、情報の本質が伝わりにくい。加えて極めて多くの注目を集めたアカウントは、それだけ発信・拡散力が強い。国会議員の役割や、そもそもガーシー議員がなぜ芸能人の暴露を行えていたのかという、ガーシー氏が世の中の注目を集めた根源の部分が抜け落ちたまま投票に至ったのではないだろうか。

photo 自身のSNS「GC2」でのフォロワー数は6万人を超える

 ガーシー議員は芸能人暴露を始めた当初、自分自身の知っていること、証拠を持っていること、実際にその場などで見たことなどしか暴露せず、実際に会ったことがない人については言及しないとしていた。

 裏を返せば、国政に関わる多くの場面でガーシー議員が暴露を通じ、国会で活躍できる可能性は低いということになる。

 確かにドバイから帰国せずに活動するガーシー議員は、忖度なく自由に発言していくことはできるだろう。しかし自身が海外にいる限り、持っている情報は限られており、また鮮度も落ちていくことになる。

 “言うまでもないこと”なのだが、実際に多くの投票した人たちがいる。そこは国会議員の仕事について深く議論したり、解説する機会を逸してきた日本の教育に問題があるのかもしれない。

 N国党はこうしたネットでの情報伝達の特徴をうまく捉え、国政政党継続のために必要な得票数を確保したのだともいえよう。

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