2019年にスタートした本連載「Innovative Tech」は、世界中の幅広い分野から最先端の研究論文を独自視点で厳選、解説する。執筆は研究論文メディア「Seamless」(シームレス)を主宰し、日課として数多くの論文に目を通す山下氏が担当。イラストや漫画は、同メディア所属のアーティスト・おね氏が手掛けている。X:@shiropen2
オーストラリアのモナシュ大学などに所属する研究者らが査読付きの学術誌ACS Chemical Neuroscienceに発表した論文「Cu(ATSM) Restores Blood‐Brain Barrier Abundance of P-Glycoprotein and Improves Cognitive Function in the APP/PS1 Mouse Model of Alzheimer’s Disease」は、銅をベースにした薬剤がアルツハイマー病の原因となる有毒タンパク質の蓄積を減らし、マウスの実験において記憶力を回復させることを示した研究報告だ。脳の血管が持つ老廃物の排出機能を修復するという。
アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβと呼ばれる有毒なタンパク質が、いわば脳のゴミとして蓄積することで進行する。
健康な状態であれば、血液脳関門(脳にある血管の壁)にある「P糖タンパク質」(P-gp)ポンプという特殊な排出装置が、このゴミを脳の外へと運び出してくれる。しかし、病気になるとこのポンプの働きが鈍り、有害な物質が脳内に溜まり続けてしまう。
今回のマウス実験で使用されたCu(ATSM)という銅化合物は、この低下したポンプ機能を回復させる働きを持つ。研究チームによると、薬の投与によって脳内のポンプの量が約24%増加し、ゴミを排出する能力が再び活発になったという。
その結果、56日間の治療で有毒なアミロイドβが42%減少し、空間を認識する記憶力も約44%向上するという効果が確認された。
この薬剤が持つ強みは、人間への実用化に向けた道のりが比較的短いと予想されること。新薬をゼロから開発するには通常膨大な時間がかかるが、Cu(ATSM)はすでにパーキンソン病やALS(筋萎縮性側索硬化症)といった別の神経疾患向けに安全性のテストが進められている。そのため、アルツハイマー病の患者を対象とした臨床試験へもスムーズに移行できる可能性が高い。
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