今週末見るべき映画『ル・アーヴルの靴みがき』(2/3 ページ)

» 2012年05月01日 13時40分 公開
[二井康雄,エキサイトイズム]
エキサイトイズム

 マルセルは、ひょんなことから、ガボンからの不法入国の少年イドリッサと知り合う。警察から追われる身のイドリッサを、マルセルは匿う。そして、なんとか無事にイドリッサの母親の住むロンドンに脱出させようとする。イギリスは、フランスに比べると、不法入国者たちには寛大な国で、多くの難民たちがイギリスに入国している。警察の厳しい追及のなか、マルセルたちは、イドリッサのロンドン行きを画策する。

 マルセルはいまの境遇を、イドリッサに聞かせる。「まともな職業もあるが、靴みがきと羊飼いこそ人々に近いんだ。そして主の山上の垂訓に従う者はわれわれだけだ」と。カウリスマキの信仰については詳しくは知らないが、監督自身の思想そのものが強く現れたセリフと思われる。カウリスマキ作品に多く出ているアンドレ・ウィレムと、妻役のカティ・オウティネンは、いつもながら、そこに居るだけで説得力じゅうぶん。短いセリフなのに、表情の微妙な変化だけで、多くのメッセージを伝える。

 チョイ役で密告者に扮するジャン=ピエール・レオと、執拗に不法入国者を追うが深い情を見せる刑事役のジャン=ピエール・ダルッサンの2人が、年輪を重ねた役者だけあって、渋い演技を披露する。カウリスマキのどの映画もそうだが、音楽の使い方がうまい。本作でも、ダミアの唄うシャンソン、カルロス・ガルデルの唄うアルゼンチン・タンゴの名曲「クエスタ・アバホ」(下り坂)のほか、黒人霊歌やバッハまでが、さりげなく挿入される。チャリティ・コンサートで唄われる古いスタイルでの、リトル・ボブことロベルト・ピアッツアのロックが、素朴で懐かしく、味わい深い。

エキサイトイズム

 わずか93分のドラマである。フランスやイギリスの不法入国や難民の事情を描いてはいるが、このことをことさら告発はしない。主題は、たとえ貧しくても、人間らしく生き、他人にも救済の手を差しのべる無償の行為があらまほしい、ということだろう。論争する聖職者たちの靴を磨きながら、マルセルは自らの意志で、「約束」を守ろうと決意する。神の恩寵が存在するかどうかは分からなくても。

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