米国でG-SHOCKブームを仕掛けた男、その4つの視点――伊東重典氏G-SHOCK 30TH INTERVIEW(2/4 ページ)

» 2012年11月21日 23時20分 公開
[吉岡綾乃,Business Media 誠]

G-SHOCKをブランド化するために行った4つの施策

――伊東さんが米国に来たときは、G-SHOCKはほとんど売れていなくて、今のように人気のあるウオッチブランドではなかったと聞きました。どのように米国でG-SHOCKブームを起こしたのですか?

伊東 重視したことは4つあります。1つ目は流通。2つ目はデザイン。3つ目はパブリシティ、そして4つ目が価格です。

――1つ目は流通とおっしゃいましたね。取材前に、メイシーズ(老舗デパート)の時計売り場や、トゥルノー(高級時計店)のカシオコーナーを見て来ました。とてもいいところにG-SHOCKは並んでいましたが……。

伊東 そう、どういうところで売られるか、ということはとても大事なんです。僕が米国に来たときは、G-SHOCKはウォルマート(大手スーパーチェーン)で売られていました。袋に入れられてね。それを見て、すぐに「売るな!」と固く禁じたんです。これからG-SHOCKを売っていくのは、デパートやジュエラー(宝飾店)、時計専門店だと。流通のコントロールは非常に大事だということで、とても力を入れました。

老舗デパート・メイシーズの時計売り場(ニューヨーク)
高級時計店・トゥルノーの中にあるカシオ店(ニューヨーク)

――2つ目はデザイン、と。さっきの「米国では6900こそがオリジン」という話にも重なりますが。

6900のカラーモデル。鮮やかな色が印象的

伊東 そうです。5000や5600のような黒いG-SHOCK、それが当時のスタンダードだったんですが、あれでは米国では普通の時計にしか見えません。米国で売るためには、米国人に合った時計を作ることが必要だ、と、何度も開発にしつこく言い続けたんです。開発の人たちを米国に呼んで、実際にどんな風に売られているのか流通の現場を見せたり、あとは「ファッションの視点が大事だ」という提案もしましたよ。「カラーバリエーションを増やしてくれ!」と。6900のカラーモデルを爆発的に増やし、“カラームーブメント”を起こしたことが、ファッションに敏感な米国の若者に響いたのだと思います。

――モデルがたくさんあると大変そうですが。

伊東 いや、(少ないモデルを)大量に供給はしない。ギリギリしか流通には流さない。作りすぎてはだめで、でも作り続けなくてはいけないのです。そういう商品の出し方をしないと……ブランドには枯渇感が大事なんです。

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