コラム
» 2004年04月12日 10時13分 UPDATE

「オーディオ評論」はなぜ滅びたか? (1/2)

オーディオ機器の横並び評論というヤツがあるが、人間の脳の特性から考えて、これはかなり眉唾なシロモノである。最近ではオーディオがAVにシフトしつつあり、旧来のオーディオ系出版どころか、PC系出版社でも同じようなアプローチでこの分野を取り込もうとしているが、それが強い影響力を持つ可能性は低いだろう。

[小寺信良,ITmedia]

 音響心理学という学問がある。筆者も学生時代に多少かじったものだが、これは音が耳に届いてから、人間がどのようにそれを感じるかを分析する学問である。一例を挙げれば、人間は大勢がガヤガヤしている中でも、意識を集中すれば話し相手の声を聴き取ることができる。これの意味するところは、意識を集中すれば耳タブや鼓膜の音響特性が変えられるということではなく、脳が聞こえてくる音をフィルタリングしているということである。

 人間の脳に対する働きが次第に明らかになるとともに、この分野は大きな進歩を成し遂げた。もっとも大きな成果は、MP3などに代表される音楽圧縮だろう。機械的にデータを捨てるだけでは、あれだけ大きな圧縮を、違和感なく成し遂げることはできない。これは大きな音、あるいはアタックのある音の後には、他の音を認識できるまでタイムラグがある、という脳の特性を利用したものである。また最近では、バーチャルサラウンドの技術も飛躍的な進歩を迎えようとしている。

 このように、音が聞こえてからの心理はさかんに研究されているが、この前提は「脳がいつも同じ働きをする」というところに基づいている。だがその逆に、現在の脳の状態によって聞こえる音が違うという現象――ここでは便宜的にひっくり返して「心理音響学」とでも呼ぶことにしようか――これはなかなか研究しづらいテーマである。

記憶の仕組み

 以前にもコラムの中で似たような話を書いたことがあるが、人間の記憶能力にはある種の特性がある。

 よくテレビでは記憶力テストと称して、無意味なモノの羅列をタレントに覚えさせるというゲームをやっている。読者諸氏も一緒に挑戦したこともあるかもしれないが、うまく覚えられないからといって、自分は頭が悪いのだとしょげる必要はまったくない。人間はもともと生産的というか求道的なイキモノなので、まったく意味を持たないモノや数値の羅列を記憶するのに向いてないだけなのである。

 無意味なモノを覚えるための方法は、それに無理矢理意味を付けていくことだ。例えばカラス、スイカ、ヤカン、窓...といった羅列は、「カラスがスイカ食ってヤカンの水を飲もうとしてるのが窓に映って...」というふうに、シリアル的にストーリーを組み立てることで、記憶することができる。

 情報が一度にワッとやってきたとき、そのすべてを一括して覚える能力は、普通の人間にはない。

 例えばあなたが街を歩くとき、通りの看板を全部覚えているだろうか。そんなことをしたら、あっという間に脳内がいっぱいになってしまうだろう。だから人間はそのエッセンス(印象)だけを取り出して記憶し、そのほかのディテールは記憶していなくても気にしないような作りになっている。細かいディテールまで全部覚えられるぐらいなら、人間はデジカメもボイスレコーダーもいらないのである。

 もちろんそれが可能な人間もいる。だがそのような超特殊能力を持つ人は、通常の社会生活ができない場合が多い。ダスティン・ホフマンが演じた「レインマン」を思い出してもらえればいいだろう。

 筆者は常々記憶と脳の特性に関してこのように思っているわけだが、時にそれをまったく無視するかのような意見を求められることがある。例えば「DVDレコーダーの画質比較」といったことだ。

脳に「絶対値」はない

 例えばそういう比較を、どうやって実現するのが正しいだろうか。普通考えるのは、比較機種を順番に再生して、各要素ごとに点数を付けて評価するといった方法だろう。

 だがこのような方法で「映像の解像度」といったディテールを判断するのは、現実には不可能である。なぜならばそれは、どんどん流れてくる膨大な量の映像情報を細部に至るまでいったん脳内にバッファリングし、次の機種を見るときにそれを脳内で再生して比較せよということなのである。筆者は映像のプロとして20年間仕事をしてきたが、とてもこのような能力はない。

 これは解像度だけでなく、色味でも同じようなことが言える。脳というのは、入ってくる色に対して、オフセットをかけることができる。

 極端な例をあげれば、あなたがサングラスをかけてスキーを滑っているとしよう。当然視野全体が、そのサングラスの色方向にシフトしてしまう。だがそれでもほんの数秒で、あなたの脳は雪を「白」だと認識しはじめ、自動的に視野全体にオフセットをかける。「あそこに立ってるオレンジのウェアの娘がすげえ美人」と聞けば、サングラスを外すことなく、瞬時にオレンジのウェアを探せるはずだ。

 人間とは、環境に素早く順応してしまう動物だ。カラーバランスというのは、しばらく見ていると、脳が勝手に補正してしまうものなのだ。だからまずノーマルな状態をしばらく見て、脳内のオフセット値をゼロに戻してからでないと、ちゃんとした比較はできない。

 結局のところ、自分の絶対値を信じて順番に試していくオーディオや映像機器の“横並び評論”は、単に“評者の好み”でしかあり得ない、ということになる。そんな個人的なことで優劣を決めたものが、別の個人の役に立つのだろうか。

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