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レコメンデーションの虚実(3)〜顧客属性はなぜ追い求められなかったのかソーシャルメディア セカンドステージ(2/2 ページ)

» 2007年09月25日 16時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]
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顧客に嫌われずに顧客属性を取得

 このような過去の手痛い経験があったため、顧客の属性を取得するというビジネスは停滞した。レコメンデーションの分野でもこの部分があまり進化しなかったのは、おそらくこうした過去の経緯が尾を引いているのではないかと思われる。現在のところ、顧客の属性を読み取るレコメンデーションとしてサービス化されているのは、前回の6つのレコメンデーションの分類で言えば、(1)の「ルールに基づくレコメンデーション」だけだ。これは「プリンターを買った人に、インクトナーを勧める」「恋愛映画が好きな人に、新作の恋愛映画を勧める」など、ある製品を買った人や最初に自分の好みを登録している人に対して、特定の商品やサービスを勧めるというルールを決めておく方法だ。とはいえこの方法では、顧客が自分の属性(例えば「テクノポップが好き」「小説なら村上春樹が好き」「肌はどちらかといえば乾燥肌」「年収は600万円」といった情報)を登録しておかなければならないから、顧客には嫌われる。

 となると企業の側は、やはり「顧客が自分の気づかないうちに、自分の属性情報を提供してくれる。その属性情報に基づいて、何らかのお勧めをしたい」というような手法を求めることになる。しかしこれは先ほどもアドウェアの例で書いたように、プライバシー侵害になってしまう可能性が高い。プライバシーと顧客属性というのは、トレードオフになりがちなのだ。

 そこで行動ターゲティングの登場となる。2002年以降に最初はアメリカで徐々に広まっていった新たな行動ターゲティング広告は、個人情報にはいっさい手をつけないということを明確にするために、cookieだけを使う手法を確立している。cookieであれば、利用者のパソコンに「この利用者がいつ自社サイトを訪れたのか」「何度訪れたのか」「どのページを読んだのか」といった情報を保存しておける。利用者が自社サイトでどのような行動をしているのかは捕捉できるが、しかし利用者の個人情報を盗むことはしない。あくまでもWebサイトの側が情報を利用者のパソコンに保存するだけで、利用者のパソコンから他の情報を読み取ってくるわけではないからだ。cookieだけで個人を特定することは、基本的にはできない。

 そうしたcookieの特性は、プライバシーの観点から見て行動ターゲティングのデータとして望ましいと考えられるようになったのだった。

規模が生かせるヤフーがリーダーに

 日本では行動ターゲティングの導入はさらに遅れて、2006年ごろから始まった。おそらく背景には、2003年の個人情報保護法施行があった。この法律に不安を感じた多くの企業が、プライバシー侵害に抵触しかねない行動ターゲティング広告を導入することを控えたからではないかと思われるのだ。だが顧客情報漏洩事件があまり話題に上らなくなり、プライバシーに関する社会的関心が落ち着いてくると、行動ターゲティングは一気にネット広告業界に流入してきた。その先頭に立っているのは、ヤフーだ。同社は2006年1月から試験的に実施し始め、同年7月から本格導入を開始し、この分野におけるリーダー企業となっている。

 とはいえ、この行動ターゲティングモデルがレコメンデーションの一般的な手法としてさらに普及していくかどうかといえば、そうとも言えない。なぜなら行動ターゲティングでは、現在のサイトを訪れる前に顧客がどこのサイトを訪れていたのかというデータを取得しなければならないからだ。ヤフーのような100以上のコンテンツを持つ巨大ポータルサイトであれば、自社ポータル内部だけで顧客の行動履歴を把握することが可能になり、効果的な行動ターゲティングを行える。だからヤフーが行動ターゲティング広告に向かったのは、いわば「規模の必然」のようなものだったのだ。

 これがポータルではなく、単一のサイトとなると、他のサイトと行動ターゲティングで共同歩調を取るような提携が必要になってくる。例えばNECビッグローブとニフティ、アットネットホームは2007年5月、行動ターゲティング広告を共同で展開することで合意したと発表している。3社での共同展開という形になったのは、やはり規模のメリットをねらったからだ。1社だけではネット利用者の数が少なく、行動ターゲティングの効果を十分に出せないが、3社まとまれば月間利用者数は2700万人に達し、サイト内での移動も含めて規模のメリットを十分に生かすことができるというわけだ。

 この行動ターゲティングモデルは今後、レコメンデーションの世界を大きく変容させる可能性を秘めている。とはいえ、ここまで書いてきたように、行動ターゲティングのように顧客属性を取得するモデルには、プライバシーの問題などさまざまな障壁が立ちはだかっているのも事実であり、そう簡単にはことは進まない。

 そこで最近、注目され始めているのが、統計学的なアプローチだ。次回は、これについて考えてみよう。

佐々木俊尚氏のプロフィール

ジャーナリスト。主な著書に『フラット革命』(講談社)『グーグルGoogle 既存のビジネスを破壊する』(文春新書)『次世代ウェブ グーグルの次のモデル』(光文社新書)など。インターネットビジネスの将来可能性を検討した『ネット未来地図 20の論点』(仮題、文春新書)を10月に刊行予定。連絡先はhttp://www.pressa.jp/


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