ブラウザとロングテールWeb2.0時代のブラウザ論

Web上のビジネスモデルとして一躍脚光を浴びた「ロングテール」。実はWebブラウザの世界にも、ロングテールの波が押し寄せている。

» 2006年12月13日 10時30分 公開
[近藤秀和,ITmedia]

 ロングテールとは、例えばAmazonのように、従来売り上げに貢献しなかった大多数の捨て商品を必要とする人を見つけ出すことにより、個々の商品の売り上げは小さくとも、全体として見れば大きな売り上げを上げるといった特定のビジネスモデルを説明するために唱された言葉である。今までべき乗の法則やパレートの法則で説明されてきた──例えば、売り上げの8割を占めるのは2割の商品であるとか、売り上げに大きな影響を与えるのは全体のうちの少数(ロングテールでいうヘッド)であるという事実を覆したものだ。現在ではこれが大きく解釈され、さまざまな事柄に対して適用されるようになってきている。

 Web2.0の世界では、ロングテールのユーザー、つまり大多数の一般ユーザーが作り出すコンテンツの価値をいかに活用するかが成功の鍵になる。その典型的な例が、ブログ、SNS、Wikipedia、YouTubeなどである。特にYouTubeなどは、動画を撮り、アップロードするという、従来かなりハードルが高いとされていた分野でも、ユーザーコンテンツが爆発的に増加し、そしてそれは人々が楽しむには必要十分に面白いことを示してくれた。

ブラウザの世界に押し寄せるロングテール

 当然、ブラウザの世界にもロングテールの波は押し寄せてきている。ではいったい、ブラウザとロングテールが出会ったとき、何が起こるのだろうか?

 まず思いつくのは、前回も述べたブラウザ拡張である。ブラウザ拡張(またはプラグイン)という概念自体はNetscapeがプラグインをサポートしたときから始まっているが、NetscapeやInternet Explorerでは、企業やヘビーなユーザーが拡張機能を作ることを主に想定していた。一方Firefoxは拡張機能の開発ハードルを大きく下げたことで、オープンソースコミュニティにおいてソースコードへのコミット権をもってるようなコア・メンバーではなく、ちょっとプログラミングができるよ、という日曜プログラマ、つまり世界のプログラマ・コミュニティの中でも主にロングテール的な人々が参加することを可能にした。Firefoxの世界的な成功は、ロングテールを取り込み、Web2.0の世界との親和性をいち早く高めたことによるものが非常に大きいといえる。

インターネット人口の真のロングテールを取り込む

 では、Firefoxがロングテールの人々と完全に融合したブラウザとなったかといえば、残念ながらまだそうとは言い切れない。開発コミュニティという観点からいえば、コアメンバー以外の人が開発に参加しているという意味ではロングテール的かもしれないが、ブラウザ拡張を作れる人は世界のインターネット人口の数%以下だ。つまりインターネット全体から見ればまだ「ヘッド」の部分の人々である。本当にロングテールのパワーとブラウザが融合するためには、インターネット人口の20%以上の人々が参加できるように、まだまだハードルを下げる必要があるだろう。

 また現在のロングテールの開発力には問題点もある。全体を統括している人がいないため、それぞれの拡張はユーザービリティ的にも機能的にも重複したり、使いにくかったり、また当事者が飽きてしまった場合にはメンテナンスされなくなってしまう。さらにFirefoxがバージョンアップするたびに拡張が無効になるような現在の仕様は、ユーザーにとっては集めた拡張がある日突然使えなくなってしまうという事態を引き起こす。これはAmazonやYouTubeなどのような完成された作品とは違う部分であり、継続的にメンテナンスが必要なコンテンツとロングテールが融合する際の問題点だろう。今後は、このような問題点を解決してゆく必要がある。

 とはいえ、ロングテールの概念は今後ブラウザに大きな影響を与えてゆくだろう。

ロングテールコンテンツとブラウザが融合するとき

ロングテールの概念がブラウザに与える影響は開発力だけではない。当然ながら、ブラウザはロングテールのコンテンツにもその進化の方向性に大きな影響を受けている。

 一般的に、CGMによって生み出されるロングテール・コンテンツ(以降テールコンテンツとしよう)が真に活用され、ビジネスとしても成功するためには、テール部分から必要なものを抜き出して需要と供給をマッチしてくれる「フィルタ」、ヘッドもテールも集積してくれる「アグリゲーター」、テールコンテンツの爆発を手助けする「制作ツール」、そしてテールコンテンツを作り出す「制作者」、この4つの要素が必要であるといわれる。

 

 例えばAmazonでは、膨大な数の書籍をユーザの嗜好性を分析し、嗜好にマッチする本をフィルタリングして推薦する「フィルタ」エンジンを作り出し、ミリオンヒットしている有名な本と併せて推薦することで「アグリゲーション」を行。それらのコンテンツに対してユーザが簡単にレビューをできるシステムや、アフェリエイトシステムを導入することでテールコンテンツが爆発できるための「ツール」を提供すると同時にその報酬で「制作者」を囲い込み、成功を収めた。

 ブラウザも、これらの4つの要素をさらに使いやすく、しかもウェブではできないことを補完する方向に進化している。例えばフィルタを補完する機能として、ブラウザ上で単語を選択すれば、すぐにAmazonの検索をしてくれる機能があるし、ツールを補完する機能として、アマゾンのアフェリエイト・バナーを製作しやすくするブックマークレットなどがある。

 ブログに対する進化は、さらに分かりやすい。例えば、ブラウザはRSSフィードをサポートすることで、ユーザがブログ情報をフィルタリングし、アクセスすることを容易にしたし、さらに最新版のLunascape等では、登録してあるRSSを時系列にマージしすべてのRSSを一覧表示することで、コンテンツのソース元がヘッド・コンテンツであるasahi.comなどのニュースであろうとテール・コンテンツであるブログであろうと、両者をマージして一括表示することができるようになった。フォーム入力保護機構などでツールとしても補完を行っている。

 今後は、情報を整理するフィルタ機能や、自分の登録しているRSSから類似するRSSを推薦してくれる機能や、サマリーの情報を自動的に集約・整理してくれる機能、さらにある記事に対する関連記事を抽出したり、関連ページを自動的にWebから探し出してくれるような機能が充実してくるだろう。

 このように、今後ブラウザはそのロングテールの開発力を生かしながら、ロングテール・コンテンツにおいて足りない要素を補完し、さらにコンテンツ自身を取り込んで融合する方向に進化してゆくだろう。

 次回は、今までのことを総括して、Web2.0時代のブラウザについて考察してみる。

筆者:近藤秀和(こんどう・ひでかず)

 1977年生。2002年、早稲田大学大学院卒。ソニー株式会社勤務を経て、2004年にLunascape株式会社を設立、現在代表を勤める。Webブラウザの開発をはじめとするソフトウェア開発を通じて、未来への可能性に挑戦し続けている。情報処理学会 BestAuthor賞受賞(2002年)、Microsoft Fellowship受賞(2004年)、経済産業賞認定天才プログラマー/スーパークリエータ受賞(2005年)、ソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤー受賞(同年)。


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