ウソのためのウソ樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

社内の悪口はポジティブフィードバックする。だが、この悪口より性質が悪いのは「ウソ」だ。会社の損害を与えることもあるし、ビジネスパーソンとしての人生を終わらせるぐらいのダメージを被ることもあるのだ。

» 2007年11月22日 13時00分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 230年以上の伝統を誇る英国の投資銀行、ベアリングズ銀行は1995年、8億ポンド(約1300億円)以上もの巨額の損失を出し倒産した。

 この損失は、同銀行のシンガポール支店に駐在していた1人の責任者による小さな“ウソ”から始まった――。1992年に数万ポンドの損失を出した時、その責任者は本社に報告をしなかった。金額としては小さくはないが、銀行の中ではきちんと説明をすれば、処理できる範囲のはずだった。

 これを隠したため、同様の損失を次々と同じ方法のウソで固めていった。その結果、3年後に銀行そのものをふっ飛ばすほどの損失になってしまったのである。

ウソに悪気はないが……

 ウソは、2つの結果を引き起こす。1つは、「ポジティブフィードバック(正帰還)」。ポジティブフィードバックについては前回、「社内でも悪口を言ってはならない」と説明したが、悪口より性質が悪いのは「ウソ」だろう。処理できないほどの巨大なウソに成長するからだ。小さなウソをつくと、それが次々にウソを呼んだり、最初のウソを隠すために、より大きなウソをついていく。最後には、もはやどうしようもないほどの巨大なウソになってしまうのだ。

 もう1つは、時間が経過することでウソが定着してしまうことだ。会計処理の虚偽報告で多くの政治家が政治生命を失っているが、以前の規則が緩かったころに、野放図な会計処理を1回やってしまったがために、あと何年経っても、その最初のウソが消えなくなってしまう。消えない油性ペンでホワイトボードに書き込んだようなものだ。

 ビジネスでは、つい小さなウソをついてしまう可能性がいつでもある。「あの件は済ませたか?」と課長。「まだ、済ませていません」「どうしてだ。あれほど何回も頼んでいるじゃないか。早く終わらせろよ」

 こんな会話は、日常頻繁に起こっている。ところがこれを「……はい、済ませました」と堂々とウソをついてしまったとする。その時には、どうせ簡単に済ませられると思い込んでいるのだ。悪気はない。

 「ああそうか、じゃあ上に報告しておくよ。ご苦労様。良くやったな」と課長。「上がすごく心配しているからね」「はい……」

 実際には「急いで、処理しなければ……」と、やり始めたら、気がつかなかった大きな問題につきあたり、決められた時間内に済まないために、“事故”になってしまう。この時点で課長に報告すれば、信用はかなり失い、厳しく叱られるかもしれない。だが、さらに意地を張って、ウソを覆い隠そうとすると、どんどんウソが大きくなってしまい、他の同僚までにウソを拡げ、口裏を合わせたり、問題が限りなく拡大――ポジティブフィードバックしてしまうのだ。

 こうなってしまうと、個人の努力で取り返しがつかないほどのダメージを受ける可能性がある。会社への損害も含め、ビジネスパーソンとしての人生はほぼ壊滅的な打撃を受けてしまう。これほど恐ろしいことはない。会社は、相互の信頼関係を基本としているために、いったん信用をなくすと、2度と取り戻せなくなるのだ。

 「叱られる」とか「気まずい」とか「いまさら」とか「忘れた」とか、そんな感情的な一時的な辛さは、完全に信用を喪失してしまうことと比べると、小さなことである。

倒れるのはどちら?――真実側か、ウソ側か

 筆者が海外に駐在していたとき、現地の部下がミエミエのウソをついた。失敗を認めることで、本人がすべての責任を取らされると思ったのだろう。だから失敗を失敗として認めないで、ウソをウソで固めていく傾向がある。悲しい結末が丸見えなのだ。

 「大丈夫か」「大丈夫です」。その場で彼がウソをついているのが分かったが、筆者は一歩引き下がった。それ以上の追及を辞めたのだ。筆者は彼の同僚に言った。

 「君から、彼に『ウソだってバレてるよ。今なら間に合うから、(筆者に)素直に謝った方がいいよ』って、こっそりと話してくれ。彼が謝りに来るなら許すが、謝りに来なければ、断固処分しなければならないからね」「分かりました。話してみます」――。ちなみに、その彼は謝りに来た。もちろん筆者は許した。

 ビジネスパーソンは、いつも尾根を歩いている。グラグラとした時に、真実側に倒れるか、ウソ側に倒れるかで運命が決まる。ギリギリの時に、この話を思い出すのだ。

ウソをつきそうなタイミングと瞬間対処
いいわけ いいわけするなよ
叱られる 叱られたっていいじゃないか。それで成長することもある
気まずい 自分だけの思い込みということもある。思い切って言ってみよう
いまさら 思い立ったが吉日。遅くなったって、言わないよりいいはずだ
忘れた 思い出したとき――それが真実を告げるときだ
ミエを張った ウソのミエは醜い。どうせなら真実を伝えるためのミエをはろう。ミエを張っていることを周囲から指摘されるような環境作りも重要だ
なま返事/から返事 するのは仕方ない。でも気付いたら必ず修正しよう。こちらも気付かせてくれるような環境作りを心がけよう
理解不足 上司や客先に対しても、分からないことを「分かりません」と伝えることこそ正解だ

今回の教訓

気軽なウソで気が重くなる。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

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 1946 年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちら


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