できるだろうか――演説販売員、川に飛び込む販売員樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」

ソウルの地下鉄で見かけた“演説販売員”、ベトナムのフェリーで驚いた川に飛び込む販売員――不況下にあえぐ日本で、もし筆者の食い扶持(ぶち)がなくなったとして、同じようなことができるだろうか。

» 2009年02月13日 11時20分 公開
[樋口健夫,ITmedia]

 1月に友人と2人でソウルを訪問した。仕事が1日空いていたので、ソウルから南の水原という都市に観光に出かけた。水原はその昔、ある王様が遷都先の都市に決めて地域を囲む広大な城壁を建設した。だが、王様は不幸にも他界して遷都は中止になってしまったという歴史を持つ。しかし、城壁自体は今に残って観光名所となっているのだ。

城壁の周りを走っていた“ドラゴン”バス

ソウルで見た演説販売員

 地下鉄に乗って水原に向かう途中、車両中央のドアから、かなり大きなバッグを持ったおじさんが乗ってきた。そのバッグを車両のちょうど真ん中に置いて中を開き、何やら取り出したのはCDプレーヤーと音楽CDのセットだった。

 CDプレーヤーのスイッチを入れたら、聞き覚えのあるクラシックが流れ出した。音楽を流しながら、そのおじさんは、地下鉄の車両全員に聞こえる大音声(だいおんじょう)で、滔々(とうとう)と音楽CDの売り込みを始めた。もちろん韓国語だから、さっぱり分からない。

 細長い車両で前後にCDケースを見せながら、音楽CDを説明する。実に堂々としている。説明が終わったら、車両の中央部で音楽を流したまま、そのおじさんは地下鉄車両の前後に歩き始めた。CDを売っているのだ。「こんなのに買う人がいるかな」と見ていたら、車両前方の2人の乗客が買っているではないか。今度は、車両の後ろに進んだ。そこでも1枚売れた。よほど安いのか。

 乗客はほぼ座っているだけの状態で3枚のCDが売れるか。すごいなあと見ていた。次の駅に到着すると、おじさんは再びバッグのところに戻り、CDプレーヤーと商品のCDをバッグに入れて降りて行った。違う車両に移ったのかもしれない。

 なるほどなあ。日本じゃ、地下鉄車内で物を売るのは違反だろうなあと思ったころに、地下鉄は次の駅に停車した。すると今度は別のおじさんが別のバッグを引っ張って乗り込んできたではないか。

 バッグから商品を取り出して、また同じように滔々と商品説明を始めた。声も良く聞こえる。今度は下着の一種だった。黒い色をしている。防寒具のようだ。やはり滔々と、そして堂々と話す。また同様に、車両の中を商品と一緒に歩きまわって売り込んで、今度は1人だけが購入した。

 それから3つほど過ぎた駅で、また新しい物売りが乗り込んできた。今度は下水のパイプに引っ掛けて、ゴミを取り除く棒だった。同じような滔々たる宣伝と商品持ち回りだったが、これはかわいそうにも誰も買わなかった。

 このように、3つか4つの地下鉄の駅ごとに、1人ずつ演説物売りが車両に乗り込んできた。そして滔々と演説し、商品を手に車両を歩く。1個か2個売って次の駅で降りて、次の車両に向かっていく。これを走っている車両全部で行っているとすれば、相当数の販売員がいることになる。ソウル中の地下鉄でやっているなら、これはものすごい数の販売員だ。

 そして驚いたのは、誰もが滔々と商品説明をすることだった。ちゃんとトレーニングを受けて話している。ウジウジと話す人はだれもいない。堂々と話しているのが見事だった。これだけ滔々と繰り返したおかげで、滔々という字を書けるようになったほどだ。おそらく組織だったトレーニングをしているのではないだろうか。

 なるほど、こんな売り方もあるのか。こんな商売の仕方もあるのかと感心した。振り返って日本である。大変な不況下にあって、筆者が現在手がけている仕事(この連載を含む)がすべて不調になってしまったらどうだろうか。

販売員の女の子は川に飛び込んで“ビジネス”をした

 筆者は電車の中で演説販売員をして食べていくだろうか。もちろん日本でこれをやったら、たちまち乗務員やお巡りさんに捕まるだろうし、「うるさい」と言われるのがオチだろう。家族を食べさせるために、筆者は「やる」だろうかと考え始めた。

 ベトナムで大きな川のフェリーの上で、10歳程度の女の子がビールたばこをカゴに入れて売っていた。昼間からビールは飲みたくなかったので、その女の子に「あのね、ビール以外に冷たいコーラでもあればね、買うのに」と言ってしまった。言わなきゃいいのにと思う方もいるだろうが、あまり熱心な女の子だったのだ。

 その途端その子は、カゴを同僚に預けて川に飛び込んだ。フェリーはすでに対岸に近づいてスローダウンしていたが、その女の子は船より先に岸に泳ぎ着いて、冷たいコーラを3本手に持って、筆者たち一行3人が着くのを待っていた。その商売熱心さに感動して、もちろん3本のコーラとともにビールも買ったものだ。


 不況下で仕事がなくなったら――筆者は、何としてでも自分の仕事を見つけることが必要だと考える。創意と工夫で、何か見つけられるはずだ。ベトナムの女の子はそう教えてくれた気がする。

今回の教訓

 「できるかできないか」ではなく、「やるかやらないか」だ――。


著者紹介 樋口健夫(ひぐち・たけお)

 1946年京都生まれ。大阪外大英語卒、三井物産入社。ナイジェリア(ヨルバ族名誉酋長に就任)、サウジアラビア、ベトナム駐在を経て、ネパール王国・カトマンドゥ事務所長を務め、2004年8月に三井物産を定年退職。在職中にアイデアマラソン発想法を考案。現在ノート数338冊、発想数26万3000個。現在、アイデアマラソン研究所長、大阪工業大学、筑波大学、電気通信大学、三重大学にて非常勤講師を務める。企業人材研修、全国小学校にネット利用のアイデアマラソンを提案中。著書に「金のアイデアを生む方法」(成美堂文庫)、「できる人のノート術」(PHP文庫)、「マラソンシステム」(日経BP社)、「稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術」(日科技連出版社)など。アイデアマラソンは、英語、タイ語、中国語、ヒンディ語、韓国語にて出版。「感動する科学体験100〜世界の不思議を楽しもう〜」(技術評論社)も監修した。「アイデアマラソン・スターター・キットfor airpen」といったグッズにも結実している。アイデアマラソンの公式サイトはこちらアイデアマラソン研究所はこちら


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