もしビジネスリーダーがアリストテレスを読んだら小林正弥の「幸福とビジネス」(3/3 ページ)

» 2015年12月17日 08時00分 公開
[小林正弥ITmedia]
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幸福実現法――本当の自己を知って開花させる

 このような幸福の原理を生かすためには、まずは自分自身の資質や適性を見極めることが大切なのだ。例えば、転職や起業には、経営に必要な勇気(チャレンジ精神)や現実的な知恵が必要である。これらを潜在的に持っているビジネスパーソンがその素質を開花させて努力すれば成功するかもしれない。そうすれば大きな快さと収入がもたらされるじゃろう。

 けれども、これらを持たない人が無理をすれば失敗してしまうかもしれない。作った会社は潰れなくとも、経営に向かない人だったらそれに疲弊して病気になってしまうこともあるじゃろう。

 もし眠っている素質があったら、努力によってそれを開花させて仕事に生かすべきじゃ。エジソンの「天才は1%のひらめきと99%の汗」という言葉が知られているが、実は彼自身も思っていた通り、天分と努力の双方があって画期的な成功がもたらされるのだ。

 最近は「自己実現」という言葉が流行しているようで、そのためのノウハウを説く本も巷には溢れていると聞く。しかし単にそのときの気分や感情によって自分の願いを叶えたいと思っても、それは必ずしもそうはならないし持続もしないぞ。

幸福実現法 幸福実現法

 その人の個性にふさわしい活動をして、初めて本当に幸せになる。これこそが「本当の自己」を開花させて「実現」するということだから、「真の自己実現」と言えるのである。

アリストテレス流リーダーシップ

 このためには、己を知り、美徳を開花する術を学ばなければならない。このような学問を「実践学」という。自然科学や哲学のような理論的な学問や、制作や生産を行うための技術的な学問とは違うのじゃ。

 このような実践的な学問は単に頭で知るだけではなく、経験を通して初めて体得できる。これを学ぶにふさわしいのはある程度の年齢に達した人だ。理論的な学問ならば、若いころにも頭で知ることができる。ところが実践的な学問を本当に修得するには経験を積んで理解する必要があるのじゃ。

 つまり、このような学問を本当に身に付けることができるのは、仕事を始めたばかりの若者よりも、一定の経験を踏んでリーダーを目指す人だ。青雲の志を持つ時にこのような学問に接することはもちろん有益である。後に経験を通してそれを深く理解できるようになるからじゃ。けれども、経験を積んだリーダーこそ彼の幸福哲学を学ぶ必要があるし、それを深く会得できるというものじゃ。

 ……では、今回はこの辺にしておこう。さらばじゃ!


 どうだろうか? こんな風に考えてみれば、アリストテレスの思想が今のビジネスにも役立つことが分かるだろう。彼は「万学の祖」と言われた天才だから数多くの作品が残っているが、生き方に関する中心的な著作は「ニコマコス倫理学」である。

 「もし高校野球のマネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(岩崎夏海著)のように、もし企業のリーダーやマネージャーがアリストテレスの「ニコマコス倫理学」を深く読んで、それに基づいたビジネスを行えば、そのチームを成功に導くことができるだろう。次回はそれを具体的に考えてみよう。

著者プロフィール

小林正弥(こばやし まさや)

1963年生まれ。東京大学法学部助手を経て、2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。1995〜97年、ケンブリッジ大学社会政治学部客員研究員。公共哲学・コミュニタリアニズムの研究を通じ、ハーバード大学のマイケル・サンデル氏と交流をもち、NHK教育テレビ「ハーバード白熱教室」で解説者を務める。

著書に『サンデルの政治哲学…<正義>とは何か』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」』(講談社+α新書)ほか多数。

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