一周して最先端、オートマにはないMT車の“超”可能性池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)

» 2016年03月07日 08時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

MTの顧客はどこにいる?

 1980年代の初頭まで、オートマは少数派だった。「オートマ」という言葉にはどこか侮蔑(ぶべつ)的意味さえはらんでいて、「運転の下手な人のためのもの」という認識があった。しかしその後10年で事情は大きく変わった。ちょうどバブル経済の時期でもあり、クルマの売れ筋はより高級車に移っていき、携帯電話の普及当初は運転中の使用が規制されていなかったので、運転中の通話がしやすいオートマ需要を後押しした。

 こうして1990年代の序盤には、もはや販売面においてはトランスミッションのAT化への流れは完全に決していた。だから、MTに対する郷愁があるのはそれ以前に免許を持っていた現在40代以上の世代ということになる。

 特に50代になると子育てが一段落する。ライフステージのとあるタイミングでは3列シートのミニバンを選択せざるを得なかった人たちが、もう一度自分の好きなクルマを選べるタイミングにさしかかっているわけだ。現在、自動車メーカーが狙っているマーケットの1つはこの世代の人たちだ。その層に訴求する手段としてMTが注目されているわけだ。

 国内で最もMTに熱心なマツダあたりだと、主要ラインアップの中で、MT搭載モデルがないのはCX-5だけである(国外ではMTモデルがある)。マツダにとってMTを揃える意味とは何なのかを聞いてみたところ、いわゆるファッションにおける「差し色」効果だと説明された。つまり、MTがどんどん売れるわけではないが、MTモデルがラインアップされていることでその車種の注目度が上がる。ファッション業界ではよくある手法で、商品を際立たせるための目立つ色を差し色としてラインアップに加える。ただし、それだけ攻めた色使いを着こなすには勇気がいるので、結局は定番の色が売れるのだ。もっとも差し色がなければ定番の色も売れない。

 マツダはかつての効率追求時代に「無駄の排除」を進めてMTをどんどん切り捨てたが、現在ではMTの販売台数のみを切り出して効率を評価するつもりはないそうだ。もちろんステークホルダーから指摘されない最低限の利益を死守することはやっているという。

 マツダの言い分を整理すれば、MTがあることでファンtoドライブなイメージが高まり、ATにも販促効果が波及する。つまり自社商品の注目度を高める戦略的位置付けにMTはあるのだ。

 具体的な車種名を挙げて比率を見てみよう。

  • アテンザ:10%
  • アクセラ:10%
  • デミオ:7%
  • CX-3:7%
  • ロードスター:75%

 一番驚くのはアテンザの10%だ。Dセグメントセダンの10%がMTとは普通なかなか考え難い。しかし先に書いた40代以上のMTネイティブ層がメイン顧客になるという意味で考えると、この数字はうなづける。デミオやCX-3がそれより低くなるのはユーザー年齢の違いが大きいと思われる。1991年以降導入されたAT限定免許や、女性ユーザー比率の影響だろう。

マツダは主要モデルのほとんどにMTを用意する。ロードスターという特例を除けば、最もMT比率が高いのはフラッグシップでDセグメントのアテンザだという マツダは主要モデルのほとんどにMTを用意する。ロードスターという特例を除けば、最もMT比率が高いのはフラッグシップでDセグメントのアテンザだという

 こうした需要動向を見てみると、MTが販促策として機能するのは向こう10年程度の間だと考えられる。それ以降、若い人への浸透はどうやって図っていくつもりなのかもマツダに聞いてみた。その答えがまたマツダらしい。「MTというのは1つの自動車文化だと思います。ですから40代以上の人たちがいかにMTを楽しんでいるかを、若い人たちに見ていただいて、興味を持ってもらうことがその文化の継承にはとても重要なことだと思うのです」。その戦略がうまくいくかどうかはまだ何とも言えないが、少なくとも向こう10年を担うためにMTにも進化が求められている。

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