「通勤ライナー」の価格はもったいない杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/4 ページ)

» 2017年02月24日 07時30分 公開
[杉山淳一ITmedia]

杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)

1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP


 西武鉄道は2月13日に新型車両40000系を報道公開した。鉄道専門媒体だけではなく、一般紙誌の取材も多かったようで、2017年第7週の鉄道関連ニュースでは最も露出があった。関東大手私鉄の新型車両だから当然かもしれないけれど、通勤形車両としては格上の扱いにも見受けられた。

 40000系は、座席指定列車「S-TRAIN」の導入を前提として、平日は東京メトロ有楽町線に直通して豊洲に至り、土休日は東京メトロ副都心線、東急東横線、みなとみらい線に乗り入れて横浜に至る。つまり、平日は別料金で着席を保証する「通勤ライナー」として運行され、休日は秩父や横浜へ座っていける行楽列車として運行する。

西武鉄道の新型車両40000系は、一部が「S-TRAIN」対応仕様となる。今年度2編成を投入。車両の詳細はこちら(出典:西武鉄道 S-TRAIN 公式サイト) 西武鉄道の新型車両40000系は、一部が「S-TRAIN」対応仕様となる。今年度2編成を投入。車両の詳細はこちら(出典:西武鉄道 S-TRAIN 公式サイト

 普段は一般通勤電車として使い、S-TRAINとして走るときは2人掛けのクロスシートに変換する。長時間乗車を考慮して、バリアフリー対応のトイレも付いている。通勤電車と特急電車の両方の特徴を持つから、一般紙誌からも注目されたとも言える。

「通勤ライナーは少子化だから」のウソを見破れ

 その報道の中で「少子化による通勤需要の低下に対応」という趣旨の論考を見かけた。「通勤する人が減るから、単価を上げたい」だと。ここは笑うところだ。経済用語の流行だから「少子化」と言われると納得してしまう。しかし、本当にそれが着席保証列車の誕生の理由だろうか。

 少子高齢化は国として事実だけど、首都圏の通勤事情はちょっと違う。東急田園都市線の事例を紹介したように(関連記事)、東京近郊の人口は先が見えているとはいえ、増加基調にある。約10年は増加する。高齢化も進むとはいえ、鉄道会社の当面の対策は混雑緩和にある。確かに少子化の対応は必要だ。しかし、今ではない。

 現在、大手私鉄が少子化対策としてやることと言えば、将来の少子化を見据えて、若い世代に自社の沿線に住んでもらうアピールだ。沿線ブランド価値を上げて、ほかの鉄道会社沿線の子どもたちに、独立したら引っ越してきていただく。言い換えれば、鉄道会社間で人口の奪い合いが始まっている。東急田園都市線は見込みよりも大勝ちしてしまい、“通勤地獄”に嫌気する人が現れている。ほかの鉄道会社はそこを狙うという図式もあるだろう。

 鉄道会社の緊急課題は「通勤需要の維持」である。「通勤需要低下の対応」は10年後、ほかの沿線に敗北したときだ。そもそも通勤客の単価を上げたいなら、一律に値上げするか、定期券の割引率を下げた方が手っ取り早い。手間をかけて有料座席を作ったとして、座席定員は1列車あたり440席。平日は座席指定料金が510円で、売り上げは22万4400円しかアップしない。

S-TRAINの料金表 平日は均一 休日は区間運賃を設定。池袋発秩父方面は設定されない(出典:西武鉄道 公式サイト) S-TRAINの料金表 平日は均一 休日は区間運賃を設定。池袋発秩父方面は設定されない(出典:西武鉄道 公式サイト

 所沢〜有楽町間で比較してみると、S-TRAINは一人当たり運賃338円(現金運賃に定期券割引率を適用)+座席指定券510円で848円。これに座席数の440をかけて37万3120円の売り上げとなる。これに対して、普通の通勤電車は運賃338円に立ち席を含む定員が1430人(西武鉄道6000系)、混雑率160%をかけていくと、77万3344円になった。普通の通勤電車のほうが売り上げは倍になる。

 S-TRAINは儲(もう)からないし、普通の通勤電車を走らせたほうが乗客は分散され、過ごしやすい通勤路線として見直されるかもしれない。1編成あたり10億円以上の製造費を投資して、走らせる列車が減収では納得できない。つまり、「単価を上げたい」「売り上げを増やしたい」もウソだ。それ以上の大きな効果を見込んでいると考えるべきだ。

 ちょっと前の話だけど、テレビで観光列車の特集番組を見た。近鉄特急「しまかぜ」の登場に関して、近鉄関係者が「少子化を考慮し、収益の向上と安定を図りたい」という趣旨の発言をしていた。本当にそれだけだろうか。少子化と言えばカッコがつく。インタビューする側が少子化という言葉を期待すれば、「少子化と言って納得してくれるならそうでしょうよ」となるだろう。

 本音としては、少子化より高齢化の期待がありそうだ。時間とおカネのある元気な高齢者が増えるから、グレードアップした列車に乗ってほしい。海外のお金持ちの期待にも応えたい。彼らを伊勢方面に送り届ければ、そこから先は近鉄グループが総力を挙げたリゾートシティが待っている。グループ全体で、高付加価値で利益率を上げるために、高級感のある列車が必要だ。それが戦略的豪華リゾート列車、しまかぜである。

 「少子化」も「安全」と同じように思考のブレーキ力を持つ。相手を何となく納得させてしまう。説明が面倒だから少子化と言っておこう。しかし、そこで終わっては真実が見えない。

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