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トヨタ流の働き方改革とは何か?池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)

» 2018年07月02日 06時30分 公開
[池田直渡ITmedia]
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労働のモチベーション

 さて、働き方改革の議論の中で最も気を付けなくてはならないのはポジショントークだ。企業側は「生産性が改善できない原因は労働者にある」と言うし、労働者は「企業がコスト優先のために不当なブラック労働を強いている」と言う。

 先に述べたように、問題の本質は現在トレードオフ関係で見られている「人への関心」と「業績への関心」を両立するブレークスルーが可能かどうかにある以上、両方に目配りをできなければ永遠に解決しない。

人への関心と業績への関心は企業経営の両輪である 人への関心と業績への関心は企業経営の両輪である

 そこをどう理解するか。そのためにはもう少し補助線が必要だろう。企業側は比較的分かりやすい。少ないコストで大きな売り上げを上げられれば良い。それはコストを減らして売り上げを維持するでも良いし、よりベターな方法で言えば、コストをそのままに売り上げを増やせれば良い。それに安易に取り組むとブラックな環境を強いる形になる。そうではなくもっと創造的に新しい仕事のやり方を作り出さないと社会と共生していけない。

 ところが、労働者の側はもう少し複雑だ。それは個人の価値観が多様だからだ。「できるだけ少ない労働で多く稼げる方が良い」という人もいれば「仕事とプライベートのバランスを取りたい」という人もいて、さらには「仕事が好きで好きで寝食を忘れて没頭したい」という人もいる。「幸せの形」を決めるのは本人にしかできない。

 この幸せの形を無理に1つにまとめようとするから議論が錯綜するのである。ただし、気を付けるべき点がある。最後に挙げた「仕事が好きで好きで寝食を忘れて没頭したい」という人に対して、企業は時に「やり甲斐詐欺」を行う。そういうことに対しては法律できちんとガイドラインを引かなくてはならない。

 ここを理解するには労働モチベーションの古典的分析法である「マズローの欲求5段階説」が分かりやすい。

米国の心理学者アブラハム・マズローによる「マズローの欲求5段階説」 米国の心理学者アブラハム・マズローによる「マズローの欲求5段階説」

第1段階:生理的な欲求(physiological needs)

眠い、空腹であるなどの生物としての生理的欲求。

第2段階:安全への欲求(safety needs)

生命の危険、あるいは反社会的行為により処罰されるなど危険に脅かされず、安全でありたいという欲求。

第3段階:愛情と帰属の欲求(social needs/love and belonging)

会社など所属する団体にメンバーとして愛情を持って受け入れられたいという欲求。

第4段階:尊敬の欲求(esteem)

「あの人は仕事ができる」等、業績や技術に対し尊敬されたいという欲求。

第5段階:自己実現の欲求(self actualization)

自分の可能性を広げ、ありたい自分になる。つまり自分の夢を実現したいという欲求。

 米国の心理学者アブラハム・マズローは「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生き物である」と定義し、その自己実現までの欲求は積み木のように段階を追って積み重なると分析した。

 一目瞭然だが、第1段階と第2段階が満たされていないのは論外である。第3段階までは企業体質の問題。そこから上で初めて個人の資質が問われる。

 さて、まとめよう。働き方改革とは付加価値を高めて企業の利益率を上げ、それを正しく再分配することであり、労働者が高いモチベーションを持って幸せな人生を送れるシステム作りである。

 後編では、働き方改革についてトヨタが具体的にどのような取り組みを行っているかを明らかにしていきたい。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。

 →メールマガジン「モータージャーナル」


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