稀勢の里が「ケンシロウ」になれなかった理由赤坂8丁目発 スポーツ246(1/4 ページ)

» 2019年01月17日 13時00分 公開
[臼北信行ITmedia]

 平成最後の日本出身横綱が身を引いた。大相撲の横綱稀勢の里が引退。1月16日に東京・両国国技館で行った引退会見では「横綱として、皆さまの期待に応えれないということは非常に悔いが残りますが私の土俵人生において、一片の悔いもございません」と口にし、涙を流す場面も見られた。

 一片の悔いもございません――。このフレーズはネット上でも大きな話題を呼んだように、人気漫画『北斗の拳』に登場するキャラクター・ラオウが、主人公で弟のケンシロウに倒され、自らの手で天に還る際に発した「我が生涯に一片の悔いなし」の名セリフと重なる。稀勢の里はラオウが描かれた化粧まわしをつけていたこともあっただけに、もしかするとこの漫画の世界でとてつもなく強い“ラスボス”的存在だった世紀末拳王と自らの土俵人生をダブらせたかったのかもしれない。

 だが稀勢の里は果たして相撲界のラオウになれたのだろうか。いや、どちらかというと個人的にはラオウ……もとい無双横綱の白鵬に引導を渡すケンシロウになってほしかった。しかし相撲界のケンシロウにも稀勢の里は道半ばでなり切れず、最後は満身創痍の状態で土俵人生に終止符を打ったように思う。

 横綱に12場所在位したとはいえ、ケガに悩まされ続けて初日から千秋楽まで皆勤したのは、たったの2場所しかなかった。横綱としての通算成績は36勝36敗97休で、これは言うまでもなく歴代最低である。残念ながら「史上最弱の横綱」と評されても仕方がないような終わり方になってしまった。

 現役最後の取組となった初場所3日目の栃煌山戦にも敗れ、2018年秋場所千秋楽から数えて不戦敗を除き8連敗のまま力尽きた。その中には同年九州場所で記録した初日からの4連敗も含まれる。この2つの不名誉な数字は1場所15日制となって以降、横綱としてワーストの記録だ。

 横綱に在位しながら17年夏場所から8場所連続で休場したのも、年6場所制になってからワースト。ここ最近は土俵に立っても見るに耐えない内容の相撲ばかりが続く割には、グダグダと“延命”する往生際の悪さばかりが目立ち「早くやめるべき」との声も噴出していた。

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