そして新型Mazda3の白眉とも言えるブレーキだ。
筆者は試乗会場のホテルから目の前のサンセットブルバードに出て、最初のブレーキでちょっとしたパニックに見舞われた。「ブレーキが効かない!」。慌てて踏力を足し、ことなきを得た。次の赤信号でもう少し丁寧にブレーキの効きを観察した。現在の多くのクルマのブレーキは、ペダルをわずかにストロークさせただけで、サーボの補助が大きく入り、強くブレーキが効く。筆者はそういうブレーキではダメだと主張してきた側だが、すでに体はそういうブレーキに馴染んでいた。軽く踏んだ時の制動力の立ち上がりをオーバーサーボのブレーキ基準で期待していたのである。
注意深く操作してみると、当たり前だが、絶対的制動力は不足していない。ただ強く効かせるのにはそれなりに踏力が必要なだけだ。マツダはなぜこんなブレーキにしたのか? それは理解できた。徹底したブレーキのリニアリティのためである。筆者は25年ほどスーパーセブンを所有していたことがあり、サーキットも随分走った。スーパーセブンのブレーキにはサーボアシストがない。あれとよく似た感覚だ。つまりクルマが余計な世話を焼かないシステム構成と言うことだ。
例えば、筑波サーキットのストレートから1コーナーに飛び込むとき、制動途中からゆっくりステアリングを切っていく。そのときサーボが余計なことをせず、結果、ブレーキがリニアであれば、ブレーキでリアの流れ出し量が精密にコントロールできる。クルマの鼻先をどの程度イン側に向けるかをブレーキでコントロールできる。「ブレーキで曲がる」という言葉はそういう意味だ。
一度この感覚を覚えてしまえば、外から見て明らかにブレーキングドリフトをしている状況でなくとも、前後荷重の配分をブレーキで按分しながら調整することができるようになる。荷重移動で前輪の効きと後輪の効きのバランスをコントロールするのだ。
それはつまりアンダーステアを消す操作だ。前輪のスリップアングル(滑り角)はハンドルを切ればいかなる速度でも発生する。クルマが曲がるというメカニズムはこのスリップアングルが全ての起点になる。時速1キロでもそれは物理法則として変わらない。アンダーステアには多面的な意味があるが、コアとして見れば、スリップアングルに対して発生する横力が不足している状態である。そして横力とスリップアングルの関係はタイヤに加えられる垂直荷重に強く相関する。前輪に荷重を足してやれば曲げる力が増え、後輪から荷重を抜いてやれば、横方向への踏ん張りが減って、クルマの自転運動が強まる。
車両重量は4つのタイヤに分散されており、常にその総和は同じだ。フロントに荷重をかければリヤの荷重が減り、リヤの荷重が減ればフロントの荷重が減る。余談だが、横方向でも一緒だ。
減加速度が低い領域であれば、荷重の前後移動は主にパワートレーンの仕事で、アクセルオフのエンジンブレーキで前後荷重を調整する。アクセルを戻して前輪荷重を増やし、アクセルを踏んで前輪荷重を抜く。だからパワートレーンのリニアリティは大切で、そこをコントロールするのがマツダ自慢のGベクタリングコントロールだ。
さてブレーキに戻る。中域の減加速度ではパワートレーンとブレーキの協調によって前後荷重をコントロールし、減加速度が高いとそれはブレーキが主体になっていく。
また例え話である。食卓の塩を振るとき、一振りでいっぱい出るほど良いと思う人はいないだろう。想定した量を適切に振り出せるようになっていないと困る。ブレーキも同じだ。足を乗せただけでいきなり強い減速加速度が出るブレーキが良いわけがない。望む減速度が自由に調整できるブレーキがベターなのは言うまでもないだろう。ましてや、前後の垂直荷重を調整因子としてクルマの曲がりやすさをコントロールするためのブレーキだ。それは絶対にリニアでなければならないし、いいブレーキはクルマを運転しやすくし、運動性能を高めるのだ。
さて、すでにだいぶ長くなったが、新しいMazda3は、シート、シャシー、ブレーキの3要素で格段の進化を遂げた。乗ってみた感じがどうだったかは次回に書きたい。
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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