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ジャンプ「伝説の編集長」がFGO誕生に関わった“黒子”、電ファミニコゲーマー編集長と考えた「ドラゴンボールの見つけ方」「マシリト」こと鳥嶋和彦が語るキャリア論【後編】(3/4 ページ)

» 2019年03月29日 06時15分 公開
[今野大一ITmedia]

会場との質疑応答

――(会場から質問)私はフリーの編集者です。先ほどホスピタリティーという話がありましたが、「自分が成功したい」という欲も当然あると思うんですね。僕はフリーランスなので金銭面ではかなり厳しい部分もあります。皆さんは仕事として作家と向き合うときに、バランスはどう取っていらっしゃるのでしょうか?

小沼: 確かに奉仕をしても対価が得られなければ会社はつぶれてしまいます。そういったことを避けるために、僕の会社では積極的な営業をしないことにしています。つまり「仕事をください」とは言わない。逆に「仕事をしてください」と言われてからするようにしています。仕事をしてくださいと言ってくださる方はお金を払わないということはありません。結果的にですが、当社は対価を保証してくださる方とお付き合いできているのかなと思います。

 自分から仕事を求めていくと買いたたかれてしまうこともあります。僕がフリーランスだったときも仕事は取りに行きませんでした。紹介してもらうのを待ちました。だからヒマだったんです(笑)。

鳥嶋: 難しいのですが……僕はもっとドラスチック(過激)な意見で、「魚のいないところに釣り糸は垂れない」。以上です。

平: 編集者の価値が適切に値付けされていないのが現状だと思います。だからいわゆる「有名編集者」たちは、トークイベントへの出演や、自身のキャラクターを値付けすることで価値変換を実践していますよね。もちろんそれが編集者の本質的な価値付けではないと僕は思っています。

 ですが編集者は出版社という組織に属していて、流動性がないわけです。流動性がない中で仕事をしているので、当然価値の相場は変動しません。ところが、出版社や編集者の在り方は今、変わることを問われています。そして、きちんと物を作ったことのある人であれば、編集者がいないと精度の高い作品が作れないことは知っています。ですから今後、ネットのプラットフォームで質の高いコンテンツを獲得したいと誰かが思ったときに、編集者の価値は相対的に上がっていくと僕は思っています。ただそれがどんな形でどういうタイミングなのかは分かりません。

――私は会社員です。読者への渡し方という話がありましたが、今の若者や子どもに対する適切なアプローチについて教えていただけないでしょうか?

鳥嶋: 漫画家がプロになるのは22〜26歳くらいです。そうすると自分が面白いと思うストーリーを作っても、それは22〜26歳の感覚なんですよ。ではなぜ子どもに向けて作品を作ることが必要なのか。なぜなら子どもは不自由だからです。大人のようにお金があっていろんなところに行けるわけじゃないし、嫌でも毎日学校に行かなくてはいけない。先生もいるし親もいるし自由ではないのです。そういう子どもたちに想像の翼を与えて、嫌なことを一瞬でも忘れて元気になってもらうために、子どものコンテンツがあると僕は思うのです。

 ところが子どもが支持する作品を作ろうとすると、22〜26歳の人間では、小学生や中学生の感覚とギャップがあるわけです。解決策の一つは自分が子どもだった時のことを考えること。もう一つは、同じ時代を生きている子どもたちのことを想像すること。そうやって作品を作って子どもに見てもらう。その結果を見て、作品のリテイク(やり直し)をしていくっていう作業をやらなきゃいけない。だから子ども向けの作品を作ることは、実力とテクニックが必要です。

 ただ、子どもに分かるものは大人にも分かるんですよ。少年に伝わるものはかつて少年だった人にも伝わるわけです。だからヒットはするんです。ではなぜ今それを漫画雑誌が目指さないのか。それは「めんどくさいから」です。

吉田: めんどくさいから……。これは決定的な答えですね。

phot 参加者が身を乗り出して質問を重ねる姿が印象的だった

編集者の仕事は変わるのか

――(会場からの質問)ある雑誌の編集長が「編集者の仕事は今も昔も変わらない」と話していました。私も変わらないと思うのですが、良いものを送り出してもすぐに埋もれてしまって見つけてもらえない状況もあります。本当に編集者の仕事は今後も変わらないのでしょうか?

平: 物を作るという部分と、流通させるという2つの部分に分かれる話だと思います。ものを作る部分に関しては、僕は変わらないと思います。鳥嶋さんは『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』の話をすると、「鳥山明さんが勝手に作ったんだよ」というように話をされますが、僕はそうではないと思っています。

 僕は常日頃、鳥嶋さんのすごさがどこにあるかを考えています。鳥嶋さんの「分かりやすいコマ割りってなんだ」という話を例にすると、例えば『ドラゴンボール』では、悟空が筋斗雲に乗る描写があった次のコマでは、もう飛んで向かっているコマが描かれます。一方、普通の漫画家だと、筋斗雲にこれから乗るよという描写があり、次に足を掛けて乗り込む描写があり、さらに飛ぶ描写の3つになります。つまり、うまい作家だと一つコマを省いて2コマで見せるわけですね。間にあるコマは、人間の想像力によって飛ばせるから。

 読みやすい漫画やテンポのいい漫画は、そういう人間の想像力によって補完できる部分をうまく使って、最小限のコマで最大限の情報を伝えられる。これが、鳥嶋さんに聞いた「よいコマ割り」や「読みやすい漫画」への考え方です。そういうことを鳥嶋さんは絶えず考えている。

 子どもに向けて分かりやすい漫画を作るときに、そういう基礎的な漫画の原理や、なぜこの漫画は読みやすいのかをきちんと考えて指導するのが編集者の仕事です。なぜなら作家に任せるままでは成功の確率が低くなるからです。成功の確率を高めるために、そういうノウハウを吸収して作家に伝えていく編集者の役割は、今も昔も変わらない本質だと思います。

鳥嶋: 作っても埋もれちゃう、とおっしゃいましたが、それは作品が面白くないからではないでしょうか。何で面白くないかというと好き勝手に描いているから。プロとアマチュアの違いは、プロの仕事には全て数字が付いてきます。ページ数がある。締め切りがある。読者の評価がある。原稿料がある。単行本を出すと部数の売れ行きがある。

 売れるものと売れないものとの違いは、売れるものは「伝わっている」んです。でもそもそも、表現するという行為は、誰かに何かを伝えたくて表現しているはずです。だから、より多くの人に伝えたいと思うはずですよね。でも描きたいものと描けるものは違うわけです。描きたいものは自分が単に描きたいだけです。でも「もっと違うものが見たい」となったときには、ある部分を変えていかなきゃいけない。伝わらない限りは、表現することは何の意味もないのだから。

 だから、客観的に作家が描く作品をいかにして伝わる作品に変えていくか。その役割を担うのが、僕は編集者だと思います。どんな作家でもやっぱりウケたいんですよ。その不安を鎮めながら励ましていく。これも編集者の仕事です。目の前の才能をどれだけ愛せるか。読者につなげてあげることをどれだけ喜びと思えるか。そして何かが伝わった時の、状況がガラッと変わったときの醍醐味。それを最前列で見ることの喜びが、僕は編集者の喜びだと思います。

phot 「何かが伝わった瞬間の醍醐味を、最前列で味わえることが編集者の喜び」と語る鳥嶋さん

当たると分かっている仕事はつまらない

――(会場からの質問)「作っては壊し」を繰り返して作品を良くしていく作業のお話がありました。企業人であれば後ろ盾がありますが、作家には先の見えない怖さがあります。「いつか成功する」という確信は、どのように作家と共有しているのでしょうか?

鳥嶋: 確信はないですよね。作家はやっぱり不安だと思います。編集者も不安です。だから信じるしかないですよね。(先述の)佐藤辰男さんと話していて思ったのは、やっぱり共感能力です。「この人が言っていることは面白い。誰かに伝えたい」と思えること。目の前の才能に対する共感能力と、伝えたいという気持ち。これしかないんじゃないかなあと思います。それがある限りは、たとえ先が見えなくても試行錯誤をしていきたいと感じます。

 でもこんな言い方をすると身も蓋もありませんが、結果が分かっている仕事や、当たると分かっている仕事ほどつまらないものはないとも思います。

平: 何かを作っているときは楽しくあるべきだと思います。作家はこのネタが面白いと信じて書いているわけですし、編集者は、この作家はイケると思って付き合っているわけです。だから編集者が「この作家は面白い」と信じることができなければ、そもそも関係は成立しない。それが当たるかどうかは分からないけど、少なくとも「自分たちはこれが面白いと思える」「納得できるところまでやる」ということしかないと思います。

phot 平さんは「編集者が『この作家は面白い』と信じることができなければ、作家との関係は成立しない」と語る

小沼: 僕は編集者ではなくて、マーケティングプランナーです。ゲームを売ることを考える人です。今、鳥嶋さんが「当たると分かっている仕事はつまらない」とおっしゃいましたが、ゲームはもう少し深刻で、動くお金の額が大きいんです。10億円掛けて粗利が0円だったら、まだ納得はできるじゃないですか。いや納得はできないと思うんですけど(笑)。でも最近のゲームは恐ろしくて、10億円掛けて作った結果、更にマイナス10億円ということもありえるんですよ。宣伝費に加え、スマホであれば運営のための人件費やサーバ費用も掛かります。ゲームは、「当たる!」という確信がないと、怖いばくちになりがちなのです。

 僕自身も仕事をしている中で、「心中」した例があります。絶対売れると思ったし、面白いと思った作品だったんですけど、それを作っているゲーム会社が途中で消えたことがありました。でも紆余曲折はありましたが、面白いと信じていたら、結果きちんと作品が世に出て、作品はユーザーからも評価されました。

 面白いと信じて働いたとしても、会社自体が消滅することもあるのです。それでもコンテンツが面白いと信じられれば、一緒に歩んだり奉仕し続けたりすることに対して、僕は怖いとは思いません。ただ面白いと信じられないものと心中するのは、一般的には人生の無駄だと思うので、それは途中で切り上げた方がいいと思います。

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