リテール大革命

全員退職、数億円の借金──どん底で生まれた“接客DX”アプリ「STAFF START」は何がすごいのかEC売り上げ、700%UPの企業も(3/5 ページ)

» 2021年09月13日 07時00分 公開
[酒井真弓ITmedia]

コンペを勝ち抜き大型受注するも、また全員退職

 焦った小野里さんは、今度は力のある人を採用しようと考えた。

 「個人事業主的に活動している社長たちをウチに入れようと。『みんなで面白い案件回そうぜ』と声をかけ、6人が集まってくれました」

 小野里さんは営業も続けた。もともとアイデアや突破力には定評があった小野里さん。9社コンペを勝ち抜き、超大型案件を受注した。成功すれば起死回生。バニッシュ・スタンダードは間違いなくEC業界で名が売れる。

 受注から1カ月、それは突然訪れた。「今月で俺たち辞めます」。社長たちは自分たちの会社に戻っていった。小野里さんは、「こんなに手のかかる案件は割に合わないと思ったのではないか」と当時を振り返る。

 「この期に及んで僕はまだ人を集めれば乗り切れると思っていたんです。人を何だと思ってるんだって話ですよ」

 外注、業務委託、できることは何でもして人を集めた。それでもクライアントの要件を満たせず、遅延に遅延を重ね、いつまでたってもサイトが開けない。銀行を回ってお金を借り、「頼むから作ってくれ」と外注先に頭を下げた。最終的には、お金を貸してくれる銀行もなくなった。そんな小野里さんの横でデスマーチを続けた開発者たちはどんどん離れていった。

 「いくら作り続けても満足のいくものにならず、当然お金も請求できない。借金と謝罪の毎日。ほとんど何もなくなったとき、クライアントから『もう他にお願いするから』と言われて。普通なら『最後までやらせてください』だと思うのですが、当時は迷惑を掛けてしまったという気持ちが強くて、『御社がそう判断されるなら仕方ありません』と。リングにタオルを投げ入れられたような感覚でした」

「ECが嫌い」 自信をくれた店員の一言

 気が付くと、小野里さんの周りには誰もいなくなっていた。残ったのは数億円の借金。意地でも社員には最後まで給料を払ったが、自分には払えない。自分を信じてついてきてくれたメンバーにおわびしたい、おごりたいと思ったが、1000円で1週間過ごすような生活ではそれもできなかった。

 気持ちは落ちるところまで落ちたが、ECのコンサルティングで月50万円ずつでも返済していこうと思い直した。しかし、必死で働いても1年で1000万円程しか返せない。この先20年も30年もこんな生活が続くのか──?

 こうなって初めて、小野里さんは、仲間が辞めていったのは自分のせいだと悟った。「いつも仲間にすがっていました。経営者としての度量も覚悟も全く足りていなかったんです」と小野里さんは振り返る。

 「仲間にありがとうとかすみませんとか、言えてなかったと気づいたんです。自分の考えを丁寧に伝えるということもしてこなかった。これを改めなければ、自分はもう何をやってもダメだと思ったんです。それでも、そのとき僕は何を思ったか、どうしてもまた仲間とやりたいと思ったんですよね」

 仲間に何をコミットするか。「常識を革める」ということを愚直にやり続けるしかないと思った。稼ぎたい、有名になりたい、そんなことで判断してはいけない。常識を革められなかったEC事業からの撤退を決めた。起業から5年。これが小野里さんの覚悟、生きるための経営判断だった。

 「それに僕だって本当は新規事業やりたかったんですよね。僕、結構アイデアが出るほうで、ネタ帳に書き溜めているんです。それを眺めていたら、STAFF STARTのアイデアがあったんですよ」

 このアイデアに自信をくれたのは、アパレルの店舗で働く友人の言葉だった。「ECに売り上げを持っていかれる、ECが大嫌いだ」──なけなしの金で一杯だけ付き合ってもらった安居酒屋で、友人はそう言った。

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