富士通研究所と東京大学、究極の暗号「量子暗号通信」の高速化に道開く

富士通研究所と東京大学生産技術研究所は7月15日、量子暗号通信の高速化に寄与する基礎技術の開発、検証に成功したことを発表した。

» 2004年07月15日 21時02分 公開
[高橋睦美,ITmedia]

 富士通研究所と東京大学生産技術研究所ナノエレクトロニクス連携研究センターは7月15日、量子暗号通信の高速化/長距離化に大きく寄与する基礎技術の開発、検証に成功したことを発表した。

発表 東京大学の荒川泰彦氏と富士通研フェローの横山直樹氏

 RSAや3DES、AESといった、現在インターネット上で利用されている暗号方式の多くは、数学的に「安全」であることが証明されている。だがそれは、永遠に安全であることを意味するものではない。仮に誰かが暗号化されたデータを盗聴し、高性能なコンピュータを利用して何とか力ずくで解読しようとしても、数十、数百億年もの時間がかかることから実質的に安全である、とみなされているわけだ。

 だが、その前提はいつまで成り立つだろうか? 今後、量子コンピュータの実現などによって計算能力が劇的に――破壊的なまでに向上すれば、今は安全とされている暗号化通信についても、それほど時間をかけずに解読されてしまう可能性が出てくる。

 仮にそんな状況が現実のものになっても、通信の安全性を確保できる究極の暗号通信手段と言われているのが、不確定性原理に基づく量子暗号だ。

 過去の記事でも紹介されているが、量子暗号では、通信の暗号化に利用する鍵を細かく細かく分けて「光子」という光の粒1つずつに載せる。あとはその光子を、普通に光ファイバなどを通してやり取りするだけだ。ただし、誰かが途中で通信を盗み見ると光子の状態が変化するため、通信そのものが無意味になるうえ、盗聴の有無を確実に検知することができる。盗聴が行われていることが分かれば、別の鍵を用いればいい。

 仕組み上は確実に安全を保証する量子暗号だが、実用化までにクリアすべきハードルはまだまだ多い。その際たるものが、通信速度や距離だ。国内外でさまざまな実験、研究が進められているものの、速度については産業総合研究所が成功したという45kビット/秒(10キロメートルの距離)が世界最高という。距離のほうも、NECとTAOが伝送に成功した150キロメートルというのではまだ実用的とは言えない。

約400倍の高速化

 今回富士通と東京大学が成功したのは、1300〜1550ナノメートル(1.3〜1.55マイクロメートル)という実用的な通信波長帯における「単一光子の発生」だ。これが、量子暗号の速度という課題をクリアする糸口になるという。

 東京大学ナノエレクトロニクス連携研究センター長の荒川泰彦氏によると、これまでの量子暗号通信実験では、単一光子の代わりにレーザー光源を用いていた。この場合、1つのパルスに2個以上の光子が入る可能性があり、盗聴の可能性をゼロにすることはできない。複数の光子が入り込む確率を下げるためには、光パルスの「空撃ち」を数多く行う必要があるのだが、そうすると今度は光の強度が弱くなり、通信速度が損なわれてしまう。

 これに対し両者は、直径20〜50ナノメートルの四面体(「ピラミッドの頂点を切り取ったような形」だと言う)をした構造体、「量子ドット」を形成し、これを用いて光子を1つずつ効率よく発生させる半導体素子を設計した。この素子を活用することで、1300ナノメートルの波長で単一光子発生に成功したという。また、従来より実現が難しいとされてきた単一光子計測技術も実現。実験の結果、2つ以上の光子が発生するのはノイズによる誤差の範囲で「ゼロ」であることが確認できた。

 難しい事柄はさておき、この単一光子発生技術によって、100キロメートル程度の通信距離でも100Kbps前後での量子暗号通信が実現できるという。これは、従来のレーザー光源を用いた量子暗号通信に比べて約400倍もの速さであり、量子暗号の実用化に向けて大きく前進したと言っていい。荒川氏は、この速度はさらに向上でき、工夫すれば500Mbpsから1Gbpsまで可能ではないかと述べたほか、「通信距離も200キロメートルぐらいまで実現できるのではないか」としている。

従来の量子暗号通信との比較 従来の量子暗号通信との比較。100キロメートルの距離で比較すると速度は約400倍という

 今後は、同じく1550ナノメートル波長で単一光子の発生、伝送に取り組むほか、単一光子の取り出し効率の向上も進めていく。またこの技術を、量子暗号通信の距離延長を実現する量子中継技術に応用するほか、量子計算技術の開発も進めていくという。

 2007年前後には、量子暗号のキモとなる単一光子発生器の実用化を目指す予定だ。量子暗号システムとしての実現時期となるとまだ白紙だが、「ニーズははっきりしてはいないが、セキュリティに対する懸念は確実に高まっている。官公庁や金融機関などセキュリティ意識の高い分野から(量子暗号に対する)要望が寄せられたときに、しっかり応えられるように準備していきたい」(富士通研究所ナノテクノロジー研究センター長、フェローの横山直樹氏)。荒川氏も、「鍵となる技術がきちんと出来上がれば、必ずニーズは出てくると思う」と述べている。

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