コンテンツ時代の未来予想図:個人情報は「つめ」に書き込み? 人体が記録媒体になる日

人体の一部である「つめ」に情報を書き込む技術が、徳島大学工学部の早崎芳夫助教授らによって進められている。近い将来、大切なデータは人体に記録することになるかもしれない。


この記事は、オンライン・ムック「コンテンツ時代の未来予想図」のコンテンツです。

 2005年6月、米国光学会のオンライン学術誌「Optics Express」にある論文が発表された。人間の「つめ」を記録媒体とし、そこにデジタル情報を書き込む方法を論じたこの論文は、さまざまな情報を安全に持ち歩くための技術として注目を集めている。

 「論文の発表後、米国や欧州をはじめ、多くの国々から取材依頼が殺到するなど、予想を上回る反響があった」と話すのは、この論文を発表した徳島大学工学部光応用工学科の早崎芳夫助教授。「この技術、特に、人体への情報記録に関して、インターネット上で多数の議論がなされたことは、非常に意味があった」と同氏は続ける。国内でもスラッシュドットなどで取り上げられ、多数のコメントが付いている。

 つめへの書き込みは、間接的にパルスのレーザー光を照射するフェムト秒パルスレーザーを使用し、パルス1発で1点を記録する。パルスの波長は800ナノメートルで、目には見えない近赤外光だ。パルス1発当たり、10のマイナス13乗秒という、光でも約30ミクロンしか進まないほどの短い時間で照射される。

 こうして記録される1点の記録のサイズは、数百ナノメートルから数マイクロメートル程度。その大きさは装置の関係上、50ミクロン角程度となっており、これを並べることで記録情報としている。今のところ記録できるデータ量は、5ミリ四方の範囲に書き込んだ場合で、約630Kバイトとなる。

tn_jc.jpg 実験中の様子

 書き込まれた情報の読み取りについて早崎氏は、「紫外光や青色光を当てると、レーザーを照射して記録した部分だけが周りよりも明るく蛍光を発する現象を発見した。その現象を利用することで読み取っている。実験では、蛍光顕微鏡という装置を使って観察している」と話す。この実験では、切ったつめに対して記録を行っているが、実際のつめに対しての記録保持は、半年程度が限界であるという。

MBE_T.png 切った爪に記録した点の透過照明観測像
MBE_B.png そしてこちらが蛍光観測像

 なぜ、つめという部位を選んだのか。「一般論として、人体に情報を記録することは心理的な抵抗がある。しかし、つめであれば伸びてなくなってしまうので、抵抗感は少ないだろうと考えた」と早崎氏。加えて、技術的な観点から考えると、比較的透明で光散乱が少ないことや、内部への記録が可能であること、人体を構成する組織の中では固いこと、外部からアクセス容易であること、露出したり隠したりといった行為を不自然なく行える唯一の部位であることなどがつめを選択した理由だという。

 人体を記録媒体にしてしまうこの研究、どういった点に苦労するかという問いに早崎氏は、「人間を扱う上で面白くもあり難しいところでもあるが、一人一人個体差がある点。当然、つめの特性も、子供と老人では大きく異なる。そうした差異をクリアしなければならない」と答える。今のところ、20代の成人男性を対象にした実験しか行っていない。

 今後の課題として早崎氏は、動くものに記録できる装置の開発を挙げる。人間の指は常に細かく動いているため、正確に記録するためには、その動きに合わせてレーザーを照射する位置や深さを変化させる必要があるからだ。安全性の評価やコストの問題も残る。

 とはいえ、この技術が開発できれば、つめへの記録の応用に留まらない、広範な応用が期待できると早崎氏は話す。イベントでの入場チケットや交通機関の定期券など、時限的な要素を多く持つ用途に対しては有効に使えるのではないだろうか。

 「セキュリティがますます重要なポジションを占める中、近い将来、セキュリティの観点から、人体に情報を所持することが求められる。そのとき、セキュリティのための実存が、人そのものになる」(早崎氏)

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