「e-Japan戦略」の重点政策である電子政府が大きな岐路に差し掛かっている。各省庁は3月、システム開発の“仕様書”である85件の最適化計画をまとめたが、その大半は名ばかりの内容。4500億円もの血税を投じる一大プロジェクトは、世界最先端のIT国家を実現するのか――。
中央省庁の庁舎建て替えが進み、今や高層ビル街へ変貌しつつある東京・霞が関。その一角に、取り残されたような8階建ての古びた建物がある。
人事院――。文字通り国家公務員33万人の人事管理を行う、省庁独立の行政機関だ。5月17日、この役所を一団の男たちが訪れた。彼らはいずれも、内閣官房に新設された「電子政府推進管理室」(GPMO=ガバメント・プログラム・マネジメント・オフィス)の室員。訪問の目的は、人事院が40億円近くを投じて開発してきた「人事・給与業務システム」の試作版の検証である。
GPMO室員は地下にあるサーバ室を通って別室に案内され、用意された4台のパソコンに向き合った。電源を入れる。やがて立ち上がった画面を見た時、室員の一人は思った。
「これで40億か……」
画面は視覚的な操作性がほとんど工夫されておらず、ひと昔前の素人がつくったホームページのようだった。試作版は400人の職員を想定したバーチャル官庁をつくり込んであるという。気を取り直し、仮想の事務次官のIDとパスワードを入力してみた。が、いきなりログイン失敗。
「入れませんよ」
「そうですか。じゃ“官房長”でやってみて下さい」
人事院の担当者はまるで意に介さない。ログインしても、住所登録や通勤手当、人事決済など各プログラムのデータがまったく連動しないのだ。その度に担当者の口からは「おかしいなあ」「今日は調子悪いなあ」と、他人事のような台詞が洩れる。堪りかねたシステムエンジニアのGPMO室員が、持参したノートパソコンを取り出し、試作版のディレクトリを確認し始めた。そして……。
「こりゃ、くずファイルばかりだ」
11メガステップスのプログラムの中には、データを出力しない無意味なファイルが1万個単位で集まったディレクトリがいくつも見つかった。成果物のファイルも無秩序に積み上げられており、それぞれの関連を記録したドキュメントも用意されていない。人事院とベンダーの間に基本設計の明確な合意がなく、しかも、プログラム実装は複数の下請けソフトハウスが場当たり的に行ったことは容易に想像できた。
しかし、人事・給与業務システムは人事院が開発した後、各省庁へ導入する共通システムの第一弾なのだ。このまま導入すれば、大混乱が起こるのは必至。だいたいメンテナンスは可能なのか……。この日、夕刻になって元請け開発会社の担当者がやってきた。杜撰なシステムをなじるGPMO室員に、彼らは本音を洩らした。
「納品するだけで手一杯で、メンテナンスのことまで考えていませんでした。我々もできるかどうか……」
投入された40億円近い税金が無駄ガネと分かった瞬間だった。
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