第1回 iPodと音楽配信サービスの成功には「確信」があった「アップル」の春

今世紀のアップルを象徴する商品といっても過言ではない「iPod」。音楽配信サービスとともに成功を勝ち取った。当初からアップルは、その自信があったようだ――。

» 2007年03月14日 07時00分 公開
[成川泰教(NEC総研),アイティセレクト]

 4月は年度の変わり目である。入学、就職、転職、異動など新しい環境で生活を始める人も多いことだろう。欧米のクリスマス商戦に対して日本では、IT関連商品を中心に、桜が咲くこの時期も需要がにぎわう。新しい門出を祝う就職や入学のお祝いも、万年筆や腕時計の時代から様変わりし、携帯電話やパソコンといったデジタル商品が主流になっているようだ。

 中でも「iPod」を代名詞とする携帯型音楽プレーヤーは、ここ2、3年で急速に普及した観がある。少し前までは、都会のイノベーターたちのアイテムだった。だが、気が付くと老若男女を問わずさまざまな人がiPodで音楽を楽しむ姿を、普通に見かけるようになった。「アップル」という特殊なコンピュータ企業のブランドが、この商品によってこんなにまで広まったのかと考えると、同社の近年の躍進がいかに凄まじいものであったかを改めて実感できる。

ニッチ市場に見た可能性

 iPodは、間違いなく今世紀に入ってからのアップルを象徴する商品である。2006年9月期決算において、その売り上げが「マッキントッシュシリーズ」のそれを上回ったことが報告されている。2001年の発表からわずか5年間でこれだけの事業に成長したことは驚異的なのだが、この商品が発表されたとき、その後のアップルの躍進あるいは音楽業界に起こる変化を、多くの人はまだ理解しないでいた。

 iPod発売の際、アップル側が事前にプレス関係者に送った発表会開催案内には、「画期的な新商品が発表される」と書かれていた。実際に発売されたiPodに対する世間の反応は、いささか醒めたものだった。報じる記事の見出しに「画期的」と入れたものはなく、筆者自身も「なんだMP3プレーヤーか」と感じたのが正直な印象だった。この「画期的」の意味を正しく理解していたのは、ほかならぬ同社だけだったのかもしれない。

 iPod の成功に関しては、後にスティーブ・ジョブズCEOが幾つかのメディアのインタビューで語っている。その中で彼は、この商品の要諦がデザインや実装など製品レベルの問題ではなく、音楽のデジタル化というもっと大きな本質的問題へのソリューションであったことを明かしている。そして、それを実現する上で同社を最も有力な立場に導いてくれたのが、長年コンピュータ事業で築いてきた、音楽ビジネス市場における圧倒的なシェアにほかならないことを強調していた。

 つまりiPodのデザインや性能などの革新性だけでなく、音楽制作の現場に携わるアーティストやプロデューサーそしてレコード会社にまで連なる多くの人による、同社のブランドに対する絶大な支持があったために、他社ではできなかった、音楽配信サービスまで含めた大きなビジネスモデルを動かすことに成功したというわけである。

 このことは、コンシューマー向けビジネスにおける市場の重要性を示すと同時に、たとえニッチな領域でも市場でブランドが確立されていれば、コンシューマー向けの事業に対しても何らかの可能性が開かれることを示唆している。「顧客志向」という、日本ではある意味で平面的な使われ方しかされない言葉が持つ、市場を積極的に切り開く別の側面を浮かび上がらせているのである(「月刊アイティセレクト」掲載中の好評連載「新世紀情報社会の春秋 第十三回」より。ウェブ用に再編集した)。

※本稿の内容は特に断りのない限り2007年2月現在のもの。

なりかわ・やすのり

1964年和歌山県生まれ。88年NEC入社。経営企画部門を中心にさまざまな業務に従事し、2004年より現職。デバイスからソフトウェア、サービスに至る幅広いIT市場動向の分析を手掛けている。趣味は音楽、インターネット、散歩。


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