後で周囲から漏れ伝わってきた情報によると、親族には俳優もいるほど美形ぞろいの家系だという。自然と緩んでしまう口元をなんとか元に戻し、データ移行の手順について説明した。
わたし:「ログインする際にIDとパスワードを入力いただく必要があるので、その間は立ち会っていただきたいのですが……」
課長:「あ、いいですよ。ただ、この後打ち合わせがあるので、パスワードを入力したら離席します。後は、メールとデータのコピーを進めてもらって構いませんから」
さすが出世頭だけあって、着任早々仕事は山積みのようだ。言われたとおり、設定に必要な数回のログインに立ち会ってもらった後、課長が持参したデータをローカルにコピーし始めた。持ち込まれたデータもCD-R1枚に収まるほどコンパクトで、順調に作業は進んだ。後はアドレス帳のリストアで完了だ。
課長がコピーしてきたメールソフトのアドレス帳のバックアップファイルを選択し、メニューのエクスポートを実行すると、アドレス帳に一斉にデータが流れ込んでくる。
一瞬見えた数十人の登録名はほとんどが女性だった。課長のアドレス帳には、社内アドレス用、取引先用と、たくさんのフォルダが設定されていたが、わたしが目にした大量のアドレスはそのどこにも分類されないものだった。見てはいけないものを見てしまったとぼうぜんとしているところに、さわやかに課長が帰ってきた。
課長:「ありがとう。もう終わった?」
わたし:「あ、アドレス帳のエクスポートが済めば終わりです。ほかはもう使える状態です」
アドレス帳が開いたままの状態で会話を交わしていたが、課長はそこに表示されているものをまったく気にする様子はなかった。イケメンの課長にとっては、女性からのメールはごくごく自然なものなのだろう。
やはりこの若さで課長になるような人は、どこか凡人とは違う。課長のイケメンぶりよりもその大物ぶりに、ただただ圧倒されてしまったのだった。
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