役所は市民のIT生活を牽引する存在――和歌山県橋本市の場合

隣町との合併を機に、長年の停滞を一挙解消すべく、急速な情報化推進にかじを切りつつある和歌山県橋本市。外的環境は行政側で整えるが、運用は市民からのアイデアを生かすスタンスを取る同市の取り組みについて聞いた。

» 2007年12月11日 00時24分 公開
[清水厚志,ITmedia]

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 和歌山県は高野山のふもとに位置し、7万人弱の人口を抱える橋本市。最近では大阪のベットタウンとして都市開発が進んでいるが、同市のITインフラにかんする開発は遅れぎみであった。

 しかし、隣接する高野口町との合併を機に、ITインフラの整備、CIOを中心とする体制の確立など、長年の停滞を一挙解消すべく、急速な情報化推進にかじを切りつつある。そんな橋本市の情報化推進事情について橋本市役所情報推進課課長の富永純司氏に話を聞いた。

富永純司氏 橋本市役所情報推進課課長の富永純司氏

合併によってITインフラの整備が実現

 「もともと情報化推進に必要な素地はあった」と開口一番、富永氏は笑いながらそう言った。橋本市役所はもともとITリテラシーの高い職員を多数抱えており、ほかの自治体に先駆けてCMSを導入するなど、県内でも有数の先進的な自治体であった。しかし、予算の制約やITインフラの未整備などが影響し、思い通りの情報化を進めることができずにいた。

 2006年3月、隣接する高野口町と合併したことで、その状況は一変する。合併特例債を主な財源とし、橋本市内のITインフラを劇的に整備することが可能になったのだ。

 具体的には市内の小中学校や公民館をイントラネットで結んだ「地域のあんぜんお知らせシステム」の導入実現などがある。これは災害時や何らかの事件が起こった場合、学校のスピーカーや公民館に設置されたモニターを通じて市長の緊急メッセージや災害情報などを迅速に市民に提供するシステムである。

 このシステム導入は橋本市民にとって意外なメリットも生み出した。イントラネットを結ぶためにITインフラを整備した結果、橋本市内のブロードバンドカバー率はほぼ100%にまで引き上げられ、大多数の市民がその恩恵を享受することになったのだ。

 「図書館や公民館などに設置しているインターネット体験用PCの使用も含めて、市民にもインターネットの便利さ・手軽さが認識されつつあると思います。高野口町との合併はまさに情報化推進体制を整える大きなチャンスでした」と、富永氏は述懐する。

情報化推進による庁内業務改革

 ITインフラを整えた橋本市は、いよいよ情報化推進・庁内業務改革のための体制確立に乗り出す。副市長をCIOとした推進体制が確立され、市職員から募ったさまざまなアイデアを実行に移すことが可能になった。

 ITリテラシーの高い市職員からは、「システム調達の基準となるITポートフォリオの作成」「プライバシーマーク取得を含めたマネジメントシステムの採用」などのアイデアはもとより、ほかの自治体での事例を参考にしたアイデアも多数寄せられ、順次実現に向けて動き出している。特に、プライバシーマークを自治体が取得するという例は全国でもまれな試みであり、大きく注目を集めている。

 また、このプライバシーマーク取得に関する支援業務としてRFIを採用し、Webサイト上で広くアナウンスしたことも注目を集めた。RFIとは「Request for Information/Request for Proposal」の略で、ベンダーに対してプロジェクトの背景や目的、既存システムの概要や新システムの構成要件、ベンダーへの要望などを詳細に記して公開し、提案を募集する行政部門の調達方法の1つ。この結果、医療系コンサルやNPOなど「当初想定外の企業や団体」(富永氏)からの情報提供が多数あったという。

 「RFIを行うことで、こちらが汗やコストを掛けずに情報を入手可能となり、よりよいものをより安く調達する可能性が高まりました。また、一般の営業活動とは異なり、こちらの求めに応じてベンダーが資料などを準備し、双方日程調整をして臨むわけですから、無駄な時間をかなり省くことができました。その結果、われわれ職員はもとより、ベンダーの営業さんの労力も減ったのではないかと思います」(富永氏)

電子公民館構想に見る橋本市の情報推進化に関する対住民スタンスとは?

 さて、視点を変えて、今度は市民サービスに対する情報化推進について見ていきたい。

 代表的な物として、「電子公民館構想」がある。これは、2006年6月に設置された橋本市の「地域SNS」で、同市のWebサイトからもリンクされている「公認コンテンツ」である。「市民同士の交流を深めるために設置」(富永氏)されたもので、コミュニティーや回覧板、相談室などの機能が備えられている。

 橋本市としては行政としての関与は最低限に抑え、あくまで「市民が自由に利用し、活用方法を考えてもらいたい」というスタンスで、「条件が整えば、運営はNPOなど外部に任せることも検討している」(富永氏)という。また、前述の「地域のあんぜんお知らせシステム」に関しても、平時の運用案を広く市民から募集している。

 これらの点から透けて見えることは、「外的環境は行政側で整えるが、運用は市民からのアイデアを生かす」という市側のスタンスである。行政が整備・設置したものを市民自らが考え、活用することは「市民の行政参加」の一種として面白い試みである。

安易な電子自治体化には反対、しかし……

 富永氏に、電子自治体についてコメントを求めると、「申請の際に必要な添付書類の電子化や個人認証、コンピュータの匿名性など、運用やセキュリティの面で解決すべき問題はまだまだ多い。われわれのように公的データを扱う役所としては慎重の上にも慎重を期さなければなりません」と、安易な電子自治体化に対して警鐘を鳴らす。

 「ただし、わたしたちも和歌山県内の他自治体と共同で行っている勉強会に参加するなど、電子自治体に対する研究は進めています。前記の問題が納得のいく形でクリアになれば、わたしたちも電子自治体への第一歩を踏み出せると考えています。しかし、実際に電子自治体と直接接するのは市民の皆さんであることを考えると、われわれの自己満足ではなく、市民の皆さんが安全かつ簡便に使っていただくような形に持っていくのが一番肝要な点ではないかと考えています」

 橋本市のIT推進の機運は合併を機に盛り上がり始めたばかりである。今度、IT意識の高い市職員と多彩なアイデアを持つ市民が、ガッチリとスクラムを組み、両輪となっていけば、いままで以上に力強く情報推進化が行われていくことは想像に難くない。

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