工芸デザインをWebに――北海道旭川市の産業振興策

旭山動物園などで全国にその名を知られる北海道旭川市。家具デザインでも有名な同市は、地域活性化の糸口をWebデザインに求めた。工芸デザインとWebデザインの融合はユーザー体験を変えるのだろうか。

» 2009年01月20日 00時00分 公開
[西尾泰三,ITmedia]

 「CHANGE」を掲げ、米国民から熱い期待を浴びるオバマ新大統領。就任式を明日に控える同氏だが、その模様は動画配信で全世界に放送される予定となっている。この動画配信に用いられているのがMicrosoftのメディア再生用ブラウザプラグイン「Silverlight」だ。

 Silverlightは、登場初期こそその将来性を疑う向きもあったが、上述したような大型案件での採用実績も着実に増えており、RIA市場の一角を占めているといっても過言ではない。国内でも、こうしたMicrosoftのテクノロジーと自らの強みを生かして新産業の創出を狙う自治体が現れてきた。それが今回紹介する北海道・旭川市だ。道内では札幌市に次ぐ人口を有するこの中核市は、産学官連携の下、Webデザインに地域活性化の糸口を見つけようとしている。

旭山動物園や旭川家具を超える産業を求めて

旭山動物園 行動展示など先進的な取り組みで活況を呈している旭山動物園

 動物の行動展示を取り入れた日本最北の動物園「旭山動物園」でも知られる旭川市。豊富な森林資源を背景とする産業が多く栄えたこの地では家具製造業も盛んだ。同市は家具製造業の振興プログラムとして「国際家具デザインフェア旭川(IFDA)」などを展開しながら知名度を広げ、現在では旭川家具と呼ばれるデザイン性を重視したブランドを有するに至っている。

 才能あふれる職人も少なくない。若手技能者の腕を競う技能競技大会の1つ「技能五輪全国大会」などでも、家具部門は旭川市の職人の独壇場だ。高い技術力を持った職人が多く集まる旭川市では、機能とデザインが両立する家具製造業が地場産業の1つとなっている。

 しかし、地方自治体の現状は華々しい面ばかりではない。全体的に厳しい財政状況にあるのは旭川市も同様である。地方交付税の減少、扶助費の増加や市債の償還……財政を圧迫する要因は幾らでも挙げることができる。林業から派生する産業の多くが斜陽となっている中で、新たな産業を基幹産業として創出しなければ、都市経営の根幹が揺らぎかねない。そこで期待を寄せているのがIT産業だ。

出遅れた旭川市のIT産業

 道内のIT関連の売り上げを市ごとにみてみると、札幌市が2500億円。同市だけで全体の約85%を占めており、旭川市は室蘭市(113億円)や函館市(107億円)と比べても半分程度の56億円にとどまっている。動きの速い自治体の中には、産学官の連携でIT振興策を掲げるところも少なくないが、旭川市では個別分野での取り組みにとどまっていた。

 「旭川を名実ともに道内第2の都市に」と話すのは、同市のIT産業の活性化を推進する旭川ICT協議会(ACIT)の関仁氏。市が潤う新たな基幹産業の創出は、旭川市長である西川将人氏はもちろん、地場企業にとっても火急の案件である。

 しかし、単に地場のIT産業を振興させたところで、何か強みを持たなければ、結局は小規模の受託開発しか見込めないことは明白で、かつ、中国やインドに代表されるオフショア開発との値下げ競争に付き合うことになる可能性もある。強みとして同市が期待を寄せるのが、Silverlightであり、家具製造業で証明してきた工芸デザインである。工芸デザインとITを融合させた特徴的な地域産業の創出、これが同市の戦略だ。

マイクロソフトの協力の下、戦略の実行へ

 この動きが広く知られるようになったのが、2007年4月に発表された「Mother Earth 〜母なる地球〜」。旭山動物園の魅力を広く紹介することを目的に同園の協力の下、マイクロソフトと旭川ICT協議会が共同開発した旭山動物園のコンテンツサイトである。WPF(Windows Presentation Foundation)を用いた多彩な表現で動物たちの生態に迫るこのサイトは多いときで1日15万件のアクセスを集めたという。

 そして2008年10月、Silverlight 2のリリースに併せる形で旭川市はこれまでの取り組みを一段昇格させた「Webデザインの街・旭川」構想を発表する。この構想では、旭川リサーチセンター施設内にIT産業の拠点となる「旭川ITジョイントセンター」を設置、そこに「マイクロソフトイノベーション センター」(MIC)を開設し、需要が高まるSilverlightに強い技術者を育成するとともに、IT産業の活性化を図っていくことが目的となる。

2008年10月の発表時には、マイクロソフト執行役 デベロッパー&プラットフォーム統括本部長の大場章弘も旭川ITジョイントセンターに駆けつけ、西川市長や古川正志旭川ICT協議会議長と固い握手を交わした

 この取り組みは産学官の連携スキームが採られ、マイクロソフトは開発・検証設備の整備、Microsoft Silverlight 2を使ったWeb開発に必要となるMicrosoft Expressionの技術トレーニング、さらにマーケティング上の支援も行う。また、教育面では東海大学芸術工学部や旭川大学情報ビジネス専門学校をはじめとする地場の教育機関がマイクロソフトのWebデザイン技術にかんするカリキュラムを組むことで地場の人材を育成していく。

旭川リサーチセンター施設内の研修施設。PCの画面には旭山バーチャル動物園が映し出されていた

 構想の発表に併せ、Mother Earthに続く成果物もプロトタイプながら披露された。それが「旭山バーチャル動物園」だ。ここで使われた技術は、Silverlightのほか、複数の写真から3D映像を再現する「Photosynth」など。旭山動物園の各展示館をWeb上で再現し、そのウォークスルーを楽しめるのが特徴となっている。

 西川市長は、こうした取り組みの肝を「IT技術者の育成と、Webデザインにかんする技術ノウハウの集約」が必要不可欠であると話す。一方、関氏も「2010年までに約100人の技術者を育成したい」と述べている。ハイテク界の巨人であるマイクロソフトが有するIT人材育成のノウハウを取り入れながら、最新の技術を用いたWebデザインをショーケース的に示すことで、成長への足かがりにつなげたい考えだ。

不断の努力が継続できるかが鍵

地域の産官学が一丸となって取り組んでいく姿勢を見せている旭川市。早期に実績が出てくることを期待したい

 Webデザインの分野に新たなかじを切り出した旭川市。しかし、解決すべき課題は多い。最も懸念されるのは、家具デザインで蓄積されたノウハウがWebデザインにすぐに転用できるのかという点だ。マイクロソフトの支援が得られるとはいえ、工芸デザインの属人的なノウハウをWebデザインに生かすための仕組み作りはこれからの大きな課題となる。幸いにして同市には旭山動物園に代表される観光地も少なくない。これらのアピールも兼ねてSilverlightなどを用いたWebコンテンツを製作しながら旭川市が持つデザイン力を広く知ってもらうことになるだろう。

 さらに、育成した人材の地元定着も懸案事項だ。教育機関などの協力でカリキュラムが整備されれば、若い世代が最新の技術を習得することはできる。しかし、卒業後に彼らが地元に定着しなければ、地場産業としての成長はありえない。

 SilverlightやWPFなどは、従来のユーザー体験(UX)を大きく変化させるものになるとみられているが、そこに工芸デザインの文化がどういった形で融合を果たしていくのかは注意深く見守っていく必要がある。ここまで大規模にやろうとしているケースは過去に例がないからだ。トレンドのはやり廃りが激しいWebデザインにあって、独自の魅力を打ち出すことができるのか、旭川市とマイクロソフトの挑戦に期待したい。

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