現場で効くデータ活用と業務カイゼン

医療ITは“院内を横断する架け橋”になっているか?成功事例病院見学会レポート(1/2 ページ)

システム開発を外部委託した場合、しばしば生じるのが意思疎通の問題である。業務側の常識が開発側の常識だとは限らないからだ。そして人命を扱う医療機関の場合「不具合がありました」では済まされない。いかにして、この問題を乗り越えるべきだろうか?

» 2010年10月07日 08時00分 公開
[岡田靖&編集部,ITmedia]

当記事は、日本ユーザーメード医療IT研究会(J-SUMMITS)が開催した成功事例病院見学会「Site Visits in 名古屋」に対する取材に基づき、同会内で行われた錦見医師および横塚医師の講演を再構成したものです。


 医師や看護師、各種療法士や技士など多種多様な専門職が一体となって働く医療機関には、無数の業務ノウハウが蓄積されているため、その全体を網羅したシステムを作ることは非常に困難だ。そこで、医療機関向けアプリケーションだけでなく市販のアプリケーションなどを駆使して、医療関係者自らが業務に使うITシステムを構築していこうとする活動がある。日本ユーザーメード医療IT研究会(Japanese Society for User-Made Medical IT System、略称J-SUMMITS)は、そうした志を持つ医療関係者たちの集まりだ。

 そのJ-SUMMITSの活動の一つに、「Site Visits」というイベントがある。会員たちの中で自作システムを有効活用している医療機関を訪問、そのノウハウを学ぼうという見学会だ。9月3日に開催された「第六回 Site Visits in 名古屋」では、名古屋市の北西部をカバーする基幹病院、名古屋第一赤十字病院を訪問した。そこで語られた、医療現場での最新のIT動向の一端を紹介しよう。

カルテだけでなく多種多様な紙文書の全廃を目指す

 1937年からの長い歴史と実績を誇り、その所在地の地名から地元では「中村日赤」という呼び名で親しまれている名古屋第一赤十字病院。同院では、2003年12月からの数年間を費やして全面的な増改築を行い、2009年1月に新病棟へ完全に移行した。これと同時に、基幹系となる電子カルテシステムが導入されることになった。

 新たな病棟では、関連する診療科目を近くに配置した「ブロック外来」を採用。内科領域の科目と外科領域の科目が混在した形となることもあって、相互の科目の連係を深めるため、情報の電子化が必要とされた。そして新病棟にはカルテ庫を設けず、一方でサーバ室は大規模なシステムリプレース時にも並行稼働が可能なようにと余裕のある床面積が与えられている。

名古屋第一赤十字病院 医療情報部 部長 錦見尚道医師

 「電子カルテというのは、単にカルテを電子化しただけ」と語るのは、医療情報部 部長の錦見尚道医師だ。

 「過去、電子カルテシステムを作っているベンダーに『血液型を選択できるようにしてほしい』と依頼したら、ラジオボタンでなくチェックボックスで作ってきたことがありました」(錦見医師)

 1人の患者で血液型を複数選択できるという仕様は、さすがに極端な例ではあるだろう。しかし、こうしたエピソードが示すように、開発側には医療系の現場を知っている人材は少ないのが実態だ。長年に渡る開発経験を通じてユーザー業務の理解を深めてきているとはいうものの、医療現場も常に変化を続けている分野であり、やはり完全にキャッチアップできているとは限らない。医療関係者からみれば、微妙に使いづらい面もある。業務に合わせるためカスタマイズを施したり、あるいは複数システムを組み合わせて使ったりという例もある。名古屋第一赤十字病院の場合は、FileMakerが使い勝手を補っている。

 「FileMakerはシステム全体に横軸を通す、一本の架け橋といった位置付けです」(錦見医師)

 一般的に、紙のカルテから電子カルテへ、一気に移行することは多大な困難が伴う作業だ。カルテというのは、例えばCTや超音波などといった診断装置の画像や血液検査の結果から、医師による所見、処方や処置の内容まで、患者に関する多種多様な情報が盛り込まれる媒体だ。それを電子化するということは、関連する情報源も電子化に対応しなくてはならない。それは単にサーバとサーバを結ぶというだけでなく、利用するデータベース間での情報を標準化するなどといった面倒な準備が不可欠だ。

 また、電子化のメリットを享受するためには、カルテを元に作られる文書についても、できるだけ電子的に処理できるワークフローを構築していくことが求められる。例えば患者に渡す診断書、退院サマリ、署名が必要な説明書・同意書、保険関連の申請などに必要となる社会制度対応書類など、カルテを元に作らねばならない書類は数多くあり、むしろ医療現場では、こうした各種書類の作成・管理に多くの時間が割かれているのが実態だ。せっかく電子カルテを導入しても、その使い勝手が良くなければ、こうした作業の業務効率の低下、ひいては患者への医療サービスの質の低下に繋がりかねない。電子カルテ導入の正否は、その前後のワークフローをどれだけ電子化できるかに掛かっていると言っても過言ではないだろう。前回紹介した新日鐵広畑病院も、この処理の徹底的な効率化を図った事例だったが、今回の名古屋第一赤十字病院でも同様にワークフローの効率化が求められていた。

紙の院内文書を積み上げると、年間20メートルもの高さに

 医療機関が業務で使う文書・帳票類を電子化するには、いくつかの選択肢がある。例えば電子カルテシステムにも、一応はテンプレートが用意されているし、医療機関向けの診断書作成ツールや汎用の帳票作成ツールを使う方法もある。名古屋第一赤十字病院でも、いくつかの候補を検討したという。

 「電子カルテシステムに用意されているテンプレートは、正直に言って使いづらい。FileMakerはパーソナルDBとしての機能も併せ持っていて活用しやすいこと、それからすでに鳥取大学医学部附属病院で電子カルテ3原則(真正性・見読性・保存性)を担保しつつ『Centricity CDS』(GEヘルスケア・ジャパンが開発した医療機関向け文書・画像統合管理システム。以下CDS)に書類のPDFを保管するという連携があるという実績も大きなポイントとなり、ほとんど全てを原則としてFileMakerに移行することにしました」(錦見医師)

 名古屋第一赤十字病院で、新たに電子化対応が必要となる病院内文書の量は、年間に使った紙を全て積み重ねたとして約20メートルにもなる計算だったという。電子化の準備は、こうした大量の文書を棚卸しするところから、稼働の1年前からに段階的に行われた。そして1月の電子カルテ稼働開始が目前に迫った11月からは3回のリハーサルを実施、手順を確認するなどして無事にカットオーバーを迎えたという。

 もちろん、ほかのシステムの準備も平行して進められた。例えば、電子カルテ本番稼働の半年前にはPACS(Picture Archiving and Communication System:医療用画像管理システム)を稼働させている。当初はデータの保存のみの運用としてあらかじめデータを蓄積、本番稼働時には十分な過去データが利用できるようにしたのだ。また、病名の標準化も実施した。カルテの記述が医師によって違ったりしないようにすることで業務の属人化を避け、電子カルテによる情報活用を阻害しないようにという工夫である。

 こうして稼働を開始した名古屋第一赤十字病院のシステムは、電子カルテとオーダリングシステムを中心に、医事会計やレセプト電算を担うシステムを組み合わせ、そこに各種システムが連携するという形態になった。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ