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» 2012年05月25日 08時00分 UPDATE

えっホント!? コンプライアンスの勘所を知る:高速ツアーバス事故にみるコンプライアンスの意味 (1/3)

多くの被害者を生じさせた高速ツアーバスの事故はなぜ発生したのか――業界体質や規制、市場原理など複雑な要素が絡み合うこの事故からコンプライアンスを考える。

[萩原栄幸,ITmedia]

 4月29日に関越自動車道で高速ツアーバスによる事故が発生した。乗客7人が死亡し、39人が重軽傷を負った。この事件をさまざまなメディアが取り上げ、大きく報道された。いつものように、さまざまな立場の評論家が分析し、批判している。無論、今回の事件について擁護すべきものはほとんどない。どう分析してみても亡くなられた方々に言い訳できるものではない。

 総務省や国土交通省の議事録を入手して読んでみると、そこにはマスコミが騒いでいる内容も記載されており、役所が規制緩和を目指した当時の方向性も一部は理解できるが、総論としてはやはり批判めいたものが大きくなってしまう。今回はテレビや新聞などで主流の批判とは違う観点、コンプライアンスの側面から筆者なりにこの事故を分析した。

コンプライアンスの前に

 執筆にあたって、この事件に関係する資料やネットの記事、新聞、雑誌など通読するだけで徹夜になってしまった。そのくらいに量が多かったのだ。筆者の立場としては、コンプライアンスを論じる前にまずどうしても(感情的にではなく)お伝えしたいことがある。

 この事故は決して特殊な環境で発生したものではない。ダムが決壊するときは一番脆いところから決壊する。事件でバスを運行していた陸援隊が、通常のバス運行会社と比較すると、脇が甘いのは事実である。事故後の国土交通省による立ち入り検査で36件もの違反が見つかったと、マスコミは騒いでいる。しかし、他の会社はどうなのか。実は五十歩百歩の状態であることが統計的にはうかがえる。

 例えば、国交省のネガティブ情報を検索すると2011年だけでも8175の全登録業者のうち行政処分を受けたのは3378業者にも上る。ただし、これには同じ事業者でも異なる行政処分を受けていれば別々にカウントされているようなので本当はもっと少ないはずだが、一年間でこの状態というのは他の業種からみると異様ではないだろうか。

 バス運行会社の知人に聞いてみたが、「36件は多い方だけど中小零細ならどこでも似たようなもの」だそうだ。少し前の東京海上日動リスクコンサルティングの情報だが、関東陸運局内のトラック事業者の行政処分(2009年7月〜2010年3月)は全2147の事業者中11.4%に上っている。わずか半年の間にだ。

 これでは「赤信号、みんなで渡れば怖くない」のような感覚になってはいないのだろうか。ライバルの運行会社のほとんどが行政処分を受けているなら、「わが社が行政処分になったところで……」と考えてしまってはいないのだろうか。素人ながらに心配してしまうほどの行政処分件数の多さなのだ。

 また大きな論点の一つに、規制緩和によって参入業者が増加し、その結果として命を削るほどに安い運賃がまかり通ることとなった――というものがある。「業者も悪いが利用者も安い(=危険)と考えて自制すべき」という意見すらもある。統計的には、確かに規制緩和によって参入業者数がうなぎ昇りとなっていった。だが利用者数はそれ以上に増加している。2005年には利用者数は21万人ほどだったが、5年後の2010年には600万人も利用している。

 この要因は「利便性」だけでは説明がつかず、やはり「安さ」が潜んでいると思われる。とにかく運賃が安い。Wikipediaによると、今回の事故ツアーでは「金沢・富山〜関東間の片道旅行代金は3000円台」とある。新幹線なら東京〜金沢間で正規料金では1万2700円、羽田〜小松空港間で正規料金が2万1900円だ。寝ている間に現地まで運んでくれる利便性があり、バスに抵抗感がない人なら極めて魅力的な価格だろう。

 この点を指摘する評論家も多い。だが、彼らのいう適正価格とはいくらなのか。例えば、路線バスならいいのか(ツアーバスではなく)。3000円は敬遠するけど1万円ならいいのか――ということだ。さらには、「運転手は2人体制です」「日雇い運転手は違法なので本ツアーでは正規従業員を採用しています」とかいう表示をすればいいのか、ということでもある。

 例え表示価格が1万円でも、今回の事故のように仲介業者が多数入っているなら末端の会社の手取りは同じになってしまうことにならないだろうか。本来、「コスト」と「安全性」は近似の相関があっても直接リンクしないものだろう。一流の運行会社が正規の運転手を2人体制で運行していたとしても、運転手が眠くなる確率は相当に低くなるが、少しはある。それゆえ、“絶対に”事故が起きないとは言えない。それでも、「正規運転手が2人」とすることで安全性が高まる効果が期待できるのも事実である。単に顧客へ提示する価格が高いから安全だと指摘するのはいかがなものだろうか。

 今回の事件があって高速ツアーバスの運行回数は減ったようだが、それでも毎日運行されている。高速路線バス事業者もツアーバスに対抗して3000円台の料金をインターネットで今でも販売している。(東京〜金沢の場合)。ある番組で「多少でも価格の高い方がいい」と話した人がいたが、それでは何の問題解決にもならない。悪徳業者が単に利益確保を狙って運賃を上げるかもしれないからだ。多くの人は頭で「危ないかもしれないけど、5000円や1万円も高いなら安い方にしよう」と考える。少なくとも筆者なら、時間と体力さえ許せば3000円の交通手段を選択する。この事件で高速ツアーバスを敬遠する人が増加しているようだが、根っこの部分は変わっていない。

 役所が目指した規制緩和は悪いばかりではない。ある統計によれば年収300万円以下の層が規制緩和直後の10年前より増えているという。そういう人々に向けた商品は今でも売れる。牛丼もそうだろうし、100円ショップもそうだろう。ある意味で規制緩和がなければさまざま分野に閉塞(へいそく)感が充満していたことと思う。それなら今回の事件ではなにが悪かったのか。犯人を作るつもりはない。相当に複雑な事象が絡まり、偶然にもそこ亀裂が入ったということなのだ。

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