ムーアの法則の終焉──コンピュータに残された進化の道は?Computer Weekly

「ムーアの法則は既に限界に達している」。米IBMのマイヤーソン氏に、原子レベル、量子力学の世界に突入しつつあるチップ開発の現状を聞いた。ムーアの法則はなぜ限界なのか? そして未来は?

» 2014年05月21日 10時00分 公開
[Cliff Saran,ITmedia]
Computer Weekly

 IT業界の将来は、ハードウェアの画期的な進化(ブレークスルー)と革新的なソフトウェアにゆだねられている。

 ハードウェアのブレークスルーをけん引してきたのは、驚異的な洞察力の持ち主で、1965年に米Intelの共同創設者となったゴードン・ムーア氏だ。だが、米IBMのイノベーション担当副社長であるバーニー・マイヤーソン氏は、(ムーア氏が半導体チップについて提唱した)ムーアの法則は既に限界に達しており、将来のチップには当てはまらないと考えている。

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 マイヤーソン氏は、10年以上の長きにわたってシリコンゲルマニウムなどの高パフォーマンス技術の開発の最前線に立ち続け、2003年からはIBMのグローバル半導体研究開発部門の責任者を務めている。

 同氏は「ゴードンは天才だ。何十年も変わらない真実を人生の中で発見した、数少ない人物のうちの1人だ」とムーア氏をたたえる。しかし、ムーアの法則を裏付けてきたチップ製造テクノロジーは変わり、今やこの法則は限界に達してしまったとマイヤーソン氏は感じている。

 ムーアの法則に従って、チップの設計者たちは1年半ごとにチップの密度を2倍にしてきた。以前と同じ量の材料からチップが数的には2倍作れるので、チップの製造能力が倍増することになる。

 しかし、チップに搭載するトランジスタの密度を倍増させることを繰り返すと、やがてチップに搭載されるトランジスタの数は昔の100万倍にもなる。そこで消費電力と熱の問題が発生する。これを克服し、当初のチップは消費電力が10ワットだったが、今や10ミリワットのチップが普及しているとマイヤーソン氏は語る。

 「かつて、ノートPCを起動したときに突然火花が出るという、ものすごくワクワクする体験が簡単にできる時代があった。だが発火するチップでは、製品のリピーターになってくれるような顧客は獲得できない」(マイヤーソン氏)

 半導体業界ももちろん、火を噴くチップを容認したわけではなかった。その後、研究者のボブ・デナード氏がチップのスケーリング理論を確立した。この理論のおかげで、チップの設計者はユーザーにやけどを負わせることなく、シリコンチップに搭載するトランジスタの数を倍増させ続けることができた。こうしてムーアの法則に従って、2倍の数のトランジスタを搭載しながら消費電力は従来品と変わらない新世代のチップが1年半(18カ月)ごとに生み出されたと、マイヤーソン氏は語る。同氏によると、デナード氏の理論はある時期までは有効だったが、もはや限界に達しているという。

原子レベルの小型化へ

 チップは際限なく小型化できるものではない。「この問題は、1枚の紙を半分に折りたたむ場合に似ている。例えば50ポンド紙幣を半分に折りたたんでいくとする。8回までは折ることができるが、それ以上は、ちょっとした核爆発装置でも使わない限り無理だ」とマイヤーソン氏は指摘し、続けて次のように語る。

 「トランジスタのサイズを半減させていくと、やがて層の厚さが原子1個の直径に等しい部分がトランジスタ内にできる。その層をさらに半分に縮めてトランジスタの密度を2倍にしようとするなら、それは核分裂ということになる。試してみたくなったときにはぜひ教えてほしい。私は避難するから。トランジスタのスケーリングに関するムーアの法則は、残念ながら10年前に有効性を失った。チップに搭載するトランジスタの数を仮に2倍に増やすことができたとしても、30年前と同じ方法に従うわけにはいかなくなったからだ。30年前なら、設計者は単純にチップの大きさを従来品の半分にすればよかったのだが」

 マイヤーソン氏によると、2005年のチップには既に、厚さがわずか原子数個分のパーツが存在したという。トランジスタのパーツがそこまで薄くなると、動作が変わってくると同氏は話す。

半導体の誤動作

 「絶縁層(二酸化ケイ素)の厚さが原子数個分となると、これはもう量子力学の世界だ」(マイヤーソン氏)。絶縁層の厚さを従来の半分にすると、導電性は2倍ではなく1万倍になる。これをFowler-Nordheim(FN)トンネル現象という。

 「過去30年にわたって絶縁層に使用されていた二酸化ケイ素は、現在はもう使われていない。現在のトランジスタを調べれば分かる。これに代わって、半導体業界が絶縁体に現在使用している素材は、酸化ハフニウム(IV)とケイ酸ハフニウム(IV)だ。これらは(二酸化ケイ素とは)全く異なる素材なので、デナード氏がシリコンチップについて特定したスケーリングは当てはまらない」

 最近、半導体チップは新しい世代が登場するたびに性能は低下しているという。「新しいものは実は速度は落ちる。熱も持つし消費電力も大きい」とマイヤーソン氏は話す。

シリコンの次に来るもの

 半導体業界は新たなテクノロジー、プロセス、業界の構造を生み出す必要に迫られている。ファブリケーションのテクノロジーとして現在注目されているのは14ナノメートルチップだ。「今後2〜3世代のチップとシリコンは量子力学の世界に行ってしまい、通常のトランジスタのような動作ではない。だから今までの常識はもう通用しない」とマイヤーソン氏は語る。

 同氏はそんな現在の状況を「ITのポストシリコン時代」と呼んでいる。ただしマイヤーソン氏は、現在のテクノロジーが、シリコンに代わる素材のチップが大量生産される段階まで進化しているとは考えていない。「シリコンはなくなるわけではない。しかし現在のポストシリコン時代では、シリコンであることのメリットはない。速くもなく、安くもなく、トランジスタのレベルで優れているわけでもないのだから」(マイヤーソン氏)

 今後は、認識コンピューティング(cognitive computing)のような新しいタイプのコンピュータが現れると同氏は予測する。認識コンピューティングの例としては、2011年にアメリカのテレビのクイズ番組『Jeopardy!』で(人間のチャンピオンと対戦して)優勝した、米IBMの「Watson」が挙げられる。Watsonは人間の脳と似た、シナプティック(synaptic)と呼ばれる新しいアーキテクチャで構築されている。

 一方、通信速度の限界も取り組まなければならない課題の1つだ。光速でも全く遅すぎるとマイヤーソン氏は語る。

 マイヤーソン氏によると、IBMのマシンが1マシンサイクルを完了する(すなわちマシンコード命令を1つ実行する)間に、光は10センチ進む。このペースでは、仮にサッカーコートと同じ大きさのデータセンターで、1台のマシンがフィールドの反対側にあるマシンに対して問い合わせを送信したとすると(2台目のサーバが100ヤード、すなわち約91メートル離れている場所にあると仮定する)、問い合わせを送信したマシンは回答を受け取るまでに1万8000マシンサイクル以上アイドル(待ち)状態となる。

 マイヤーソン氏は次のように語る。「われわれはこれまで経験したことのない、新たな問題に取り組まなければならない。今まではデータセンターの拡張を続けてきたが、現在は複数の企業で、データセンターを縮小しようとしている。単純に、通信にかかる時間を削減したいからだ。そのうち、現在サーバラックを何段も占める無数のコンピュータで処理している作業を、厚さわずか2.5ミリのチップ1個でやってのける時代が来る。これも進歩だろうが、ムーアの法則に従っているわけではない」

 マイヤーソン氏は、(システムの)統合を実現することによって膨大な数のITイノベーションが起こると考えている。「かつては、IT事業の年間売り上げのうち20%が技術(の進化)によるもので、残りの80%はソフトウェアとインテグレーションで稼いでいた」(マイヤーソン氏)

 ポストシリコン時代では、ムーアの法則によってもたらされた、その20%の売り上げはもう期待できないので、他の方法でどうにか埋め合わせをしなければならない。今後は、FPGA(Field Programmable Gate Array)やGPU(Graphics Processing Unit)などの複雑なソフトウェアシステムや専門化したプロセッサが現在よりも主流的な位置を占めるようになり、IT業界はパフォーマンスの面でさらなる進化を続けるとマイヤーソン氏は予想している。

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