脱Microsoftプロジェクトを阻む政治的圧力Computer Weekly

Microsoftによるロックインから脱却すべく、各国でOSSへの移行プロジェクトが進められている。成功したプロジェクトがある一方で、Microsoftによる巻き返しや政争へ発展して前途が不透明なプロジェクトもある。

» 2017年07月05日 10時00分 公開
[Investigate EuropeComputer Weekly]
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 Microsoftの支配に対する挑戦は、政府機関において「Microsoft Office」をオープンソースソフトウェア(OSS)の代替品に切り替えることから始まった。

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 今回はイタリア国防省、フランス国家憲兵隊の取り組みと、それらに対する圧力、ドイツで起こっている政治論争を紹介する(第1回はComputer Weekly日本語版 6月21日号に収録)。

ちゃっかり移行を進めているイタリア

 イタリアでは国防省が、OSSのOfficeスイート「LibreOffice」に移行するプロセスを2015年9月に開始した。2020年までに、同省で使用している10万台のマシンからMicrosoft Officeを削除するというのだから、これは平均的なタスクではない。同省ではこの施策によって、最大で2900万ユーロの歳費を節減できると見込んでいる。

 本誌Computer Weeklyは、イタリアのトリノで開催されたオープンソース関連のあるカンファレンス会場で、カミロ・シレオ氏へのインタビューを行った。シレオ氏はイタリア国防省で、オープンソースへの転換プロセスを推進してきた人物だ。

 シレオ氏は、自ら取り組んだデジタル移行プロジェクト「LibreDifesa」が成功したことをまずアピールし、続けて次のように語る。「われわれは、従来のMicrosoft Officeと現在のLibreOfficeについて、職員の利用法を比較し分析した。その結果、移行後も生産性は全く低下していないという結論に達した」

 シレオ氏は幸運にも、職員向けに行ったLibreOfficeのトレーニングを受講者負担なしで提供することができた。その実態調査を基に、LibreOfficeの推進に専念している非営利団体の「LibreItalia Association」は、イタリア陸軍の職員向けトレーニングを提供するためボランティアを派遣した。

 現時点ではまだ、LibreOfficeのファイル形式(ODF)はNATOが設定したセキュリティ基準の認証を受けていない。この認証はいずれ取得できるとシレオ氏は確信している。ただし実際に取得するまでの間、機密性の高い文書は従来通りMicrosoft Office形式で保存しなければならない。

 イタリア軍は現在もなお2万人分のMicrosoftライセンスを使用しているが、有効期限は2020年だ。その時期になれば、Microsoftがイタリア政府の国防分野の関係者に対して、激しいロビー活動を展開するだろうとシレオ氏は予測している。

秘密裏にオープンソースに移行する戦術を選んだフランス国家憲兵隊

 フランスの2大警察組織の1つである「国家憲兵隊」(Gendarmerie Nationale)は、イタリア以上に大胆なオープンソースプロジェクトに取り組んでいる。OSを「Windows」からOSSに切り替えるというのだ。

 フランスの各州警察が使用している7万2000台のコンピュータでは現在、「GendBuntu」(国家憲兵隊用Ubuntu)と「OpenOffice」が稼働している。2016年10月にフランス当局が入手した最新のデータによると、オープンソースプロジェクトを開始した2005年から2014年までの10年間で、移行によって2000万ユーロの歳費を節減したという。

 国家憲兵隊が2001年にOSSの利用に踏み切ったのは、経済的な理由からだった。2006年12月11日付の内部メモによると、国家憲兵隊はOSSへの移行によって、それまでMicrosoftに支払っていた年間約800万ユーロの経費を削減できると見積もった。

 しかしその移行には危険が伴った。Microsoftや他の政府機関からプロプライエタリなソフトウェアの利用を継続しろという圧力がかかることを恐れた国家憲兵隊は、移行プロジェクトがかなり進行するまで、外部には情報を漏らさないよう徹底的に配慮した。

独占体制への脅威

 先述の内部メモには次のような記述もある。「Microsoftにとって、当組織がLinuxを選択することは、同社の独占体制に対する新たな脅威となるだろう。従って状況が明らかになれば移行を阻止しようとしたり、国家憲兵隊の施策の信用を傷つけたりする動きが正当化される恐れがある」

 内部メモでは、外部からの干渉を受けて移行計画が混乱することを回避するため、「他言無用」で実施することを推奨していた。移行プロジェクトは「もはや後戻りできない段階に到達したときに」公表する予定だったと記されている。

 現時点で、移行はほぼ完了している。ただし、フランス内務省で相当の地位にありIT分野に詳しい職員が、匿名を条件に明かしてくれたところによると、国家憲兵隊に対して、Microsoft製品に戻せという周辺機関からの圧力は「今なお続いている」という。「『順調に稼働するのはMicrosoft製品だけ』と主張する行政機関にとって、毎日非Microsoft製品のシステムが稼働しているのを見るのは屈辱的だ」と、この職員は話す。

 2016年4月14日付のフランス内務省の内部メモによると、OSSのハッキングに対する脆弱(ぜいじゃく)性への防御策として「Windows 10」に移行するようにと、政府関係者が国家憲兵隊に要請したという。フランス内務省はこのメモに関するコメントを拒否している。

 個人情報保護を目的とする慈善団体Privacy Internationalの技術者であるリチャード・タイナン氏は次のように話す。「企業や行政機関が、オープンソースではなくプロプライエタリなシステムを選択する主な理由は、何か問題が生じた場合に、誰かに責任を取らせたいからだ。物事を前に進めろという圧力を日々受けている人々にとって、企業の利便性は非常に魅力的だ」

ミュンヘンではOSSへの移行が政治論争に発展

 ドイツのミュンヘン市では、公共機関にOSSを導入するための取り組みが脅威に直面している。同市がOSSを一気に導入する施策を開始した際、フリーソフトウェアの支持者であるクリスティアン・ウーデ前市長は、Microsoftの創業者ビル・ゲイツ氏と交わした会話の内容を公表した。

 ウーデ氏によると、米カリフォルニア州で開催されたあるカンファレンスでゲイツ氏と顔を合わせ、そこから空港まで車に同乗したという。そのとき、ゲイツ氏とウーデ氏は次のような会話を交わした。

「なぜあなたはこの運動に取り組んでいるのですか?」

「自由を求めているからですよ」

「何から逃れて自由になりたいのですか?」

「あなたから」

 ミュンヘンの市議会は通常、市民以外から関心を寄せられることはほとんどない。しかし、2017年2月の議会は例外だった。壮大なネオゴシック様式の議事堂の傍聴席は、報道陣と聴衆で埋めつくされた。市議会議員たちは、ドイツ全土、さらには欧州内の他国から押し寄せた報道陣の質問に答えた。

 専門家チームは10年もの間苦心し、ミュンヘン市の行政機関のITシステムをMicrosoft製品からOSSへ移行させてきた。職員の教育などに莫大(ばくだい)な費用がかかったにもかかわらず、この変更によりミュンヘン市の行政機関は、7年間で1100万ユーロの経費を節減できた。

 ウーデ氏を始めとするOSS推進派の人々は、ミュンヘン市が実施に踏み切ったことをきっかけに、OSSへの移行が欧州の他の地域にも波及することを期待していた。しかし現市長のディーター・ライター氏と、市長に賛同するドイツ社会民主党(SPD)およびキリスト教社会同盟(CSU)の議員は、同市のITシステムをMicrosoft製品に戻すことを望んでいる。

 この議論には、政治的な事情も多分に反映されている。現市長はSPD所属だが、投票ではCSUにも頼っている。そしてCSUとその支持層は、Microsoft製品のサポートを推進している。欧州全域を統括するMicrosoftの現地法人で2015年までバイスプレジデントを務めていたドロシー・ベルツ氏は、現在CSUの経済委員会の幹部となっている。

 「どう見ても、これは単なる『政界の権力争い』にすぎない」と、欧州緑グループの代表を務めるフロリアン・ロス氏は指摘する。「ドイツ市民の生活について、米国の独占企業であるMicrosoftへの依存度を高めることをわれわれは本当に望んでいるのだろうか」

第3回(Computer Weekly日本語版 7月19日号掲載予定)では、英国政府機関の理想と現実、それ以外の欧州各国機関の動きを紹介する。

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