実際のツール導入に当たっては、第2回で分類した特徴や、第3回と第4回で紹介したメリット/デメリットと事例を参考に、あるべき姿を実現するために必要なツールを選択していくことになる。
しかしながら、これまでの議論では、あくまでコミュニケーションを行うツールの特徴についてのみ言及しており、そこでやりとりされる情報そのものと、ツールを実際に活用する主体(つまり人間)そのものには触れてきていない。ツール選定に際し、この2点についてより詳しく検討してみよう。
企業の活動は、問題を解決するためにさまざまな情報を処理していくものである、と考えることができる。問題と聞くとネガティブなものとイメージされがちだが、日々の業務プロセスのステップ1つ1つをこなしていくことも、ある意味では情報処理である。このような情報処理プロセスにおいて、発生する各種のやりとり(コミュニケーション)上の課題を考えると、次の2つの状況が想定される。
a.問題は明確だが、解を導くための情報が不足している状態
b.問題に関する情報が不明確で、問題に関してさまざまな理解、解釈し得る状態
(a)はつまり、業務のプロセスのステップを1つ前に進め、そこで何が起こるべきかが明確なのに、どうすれば前に進めるのかが分からない状態である。
例えば、自分の担当する取引先から請求書を受け取り、次に支払い処理を行うべきなのだが、どういう手順でどういう作業を行い、誰にどんな書類を渡せばよいのか分からない、といった状況である。これを解決するには、処理の流れを規定するなど、決まり事を作る方法が有効だといえる。
ところがこういう決まりきった問題をいちいち電子メールや電話で社内の人間に問い合わせていては、余計なコミュニケーションが増えるばかりで、問い合わせを受ける側はさまざまな部門から何度も同じような質問をされることになる。
一方(b)に関しては、これまでまったく未知であるものや、文章では表現しにくく、人によって理解やとらえ方が異なるような情報を扱っている状況である。新製品に関する疑問を解決したい場合、何かのデザインを決める場合、プロジェクトメンバーの初顔合わせなどが相当するだろう。何が分からないのかも分からないといった状態になっている場合もある。
例えば自社の新製品の特徴について知りたいときに、専門家から「仕様書を見れば分かりますよ」といわれてしまったらどうだろうか? 文章を読んでもイメージがわかないものもあるだろうし、同じドキュメントを読んでも読み手の事前情報量によってはまったく異なる解釈になるかもしれない。こうした局面では、「リッチな」情報が必要になる。具体的には、製品の操作を説明したビデオ、あるいは実物のデモンストレーションといったものが相当するだろう。
すなわち、(a)を解決するには、マニュアルのような明文化情報の量を増やし、(b)を解決するには情報の“リッチさ”を高めればよい。これとコミュニケーションのメディアやツールの関係は、下図のようになるだろう。
さらに、本連載の第2回で取り上げたコミュニケーションツールの4象限分類図に当てはめると、下のようになる。
この考え方は、企業活動において、コミュニケーションのためのツールをどのように選択していくべきかを判断する基準の1つになり得る。
コミュニケーションを行う中で解決される問題とやりとりされる情報のタイプによるツール選定基準を説明した。しかしながら、これではあまりにも単純と思う人もいるだろう。
実際のところ、仲間内であれば、それほどリッチな情報を介さずともコミュニケーションできることがある。同じ製品紹介をするにしても、社内の人間が相手である場合と、まったく初めて自社製品を見るお客さまに対してでは、使う用語や資料の質・量ともまったく異なるものになる。同じ会社内でも、専門家同士でコミュニケーションする場合とそうではない場合は違うだろうし、話題・テーマが既存製品の改良か、新製品かによっても変わってくる。
つまり、コミュニケーションで交換される情報そのものだけではなく、コミュニケーションを行う者の知識、状態、属性、文脈などによっても、コミュニケーションの活性度は変わるのである。そこで、
といった特徴まで分析し、ツールを選択する必要がある。なお、これらの特徴は、一言で表せば「コミュニティ」の概念に相当するといえる。弊社でもこの「コミュニティ」の概念を製品に取り込んでいるし、最近ではmixiやGREEなどのSNS(ソーシャルネットワーキング・サービス)という形でデジタル化も進行している。コミュニケーション・ツールはこういったトレンドに沿っても進化しているのである。
導入されたシステムは、その効果を評価し、環境変化などに応じて次の世代のシステムへと発展、拡張させていく必要がある。評価に関しては、(2)現状把握で利用した指標をベースに、必要に応じてほかの項目を追加してよい。重要なのは、課題を解決しているか(目標は達成できているか)、についてのROIを測定することである。ここでいうROIは、コストといった金額的な面にはとどまらず、量的、質的にも効果をチェックする。
その結果を基に、改善点があれば対策を施す。例えば、予想よりもグループウェアへのログイン数が少ないのであれば、社内向けのキャンペーンを打つといった施策を取る。ほかにもグループウェアのより良い運営のための「事務局を作る」「業務システムとの連携」なども考えられるだろう。
また、情報の受け手側に立ったコミュニケーション・ツール活用の拡張として、「情報マネジメント」を提案したい。ここでいう「情報マネジメント」とは、“情報の活用”と“コントロール”という二律背反する概念をバランスさせながら「情報をマネジメントする」ことで情報の質を高め、最適な人に最適な情報を最適なタイミングで流通させることを指す。なお、「コントロール」というのは、セキュリティやコンプライアンス上、必要な人にだけ情報を流すことも含まれる。
コミュニケーション・ツールを介して企業内外でやりとりされる情報そのものの量や質について考慮するということについて、(4)においても触れた。選定段階だけでなく、ツール導入後に活用・運用していくうえでも、そこで流れる情報の量と質をマネージする必要がある。逆にいうと、それを可能とするツールを選定しなければならない。なお、この「情報マネジメント」とそれを実現する「情報共有基盤」については、機会を改めて紹介したい。
5回にわたって企業内のコミュニケーション・ツールの活用方法について、現状を整理するための方法論や事例などを紹介してきた。ブログやSNSといった新しいツールが次々に登場し、それらを素早く取り入れてうまく活用している企業もある。しかし、流行に乗ったりメリットだけを見たりして、やみくもに導入して失敗してしまった企業、あるいは逆にデメリットばかりを見て時代の流れに乗り遅れている企業も少なくはないだろう。
ぜひともより良い社内コミュニケーションのために、ツールのメリット/デメリットと組織の目標、解決したい課題を踏まえ、現状分析を行って社内(部門単位、職種ごとなど)におけるコミュニケーション・ポリシーを設定していってほしい。そうすることで効果的なツール活用が実現できるだろう。
長谷川 玲(はせがわ れい)
東京工業大学卒業後、ドイツ系・米系ソフトウェア企業にてプロダクトマネジメント、製品マーケティングなどに従事。リアルコムではKnowledgeMarket製品のコミュニケーション力強化に向けて、パートナリングやマーケティングを担当。
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