プロジェクト全体を見渡してみると、ROIを考察すべき機会は初期投資期だけではない。むしろ、継続的にその値を測定し、当初のもくろみどおりに改善が進んでいるかどうかをチェックする仕掛けの方が本質的に重要である。
例えば、本連載第1回で紹介した「情報の浸透時間」を情報基盤刷新の効果を示す指標として使用している企業がある。Notesユーザーであるこの企業がポータルを構築して情報アクセスを最適化した際、ROIを算出するためのKPIの1つとして定期的に集計する仕掛けを作り込んでいる。いうまでもないが、その絶対値自体に深い意味はなく、定点観測することによって増加・減少の傾向を分析することができている点が素晴らしいのである。分析というのはいうなれば比較することであって、他社との同条件での比較などが難しい場合、このような時系列での経過観察が有効である。
情報システム投資のROIというのは、購買の瞬間に行う計算はあくまも予測値でしなかく、実際には3〜5年にわたる効果を加味して考量しなければならない。従って、当初立てた計画をじっくり実現していくことが重要なのである。
これは実際にお付き合いしていた会社で見掛けた戦術だが、ROIを定期的に報告することで稟議(りんぎ)・承認をよりスムーズにクリアすることもできる。この会社の担当者は経営層に対してROIを定期的に説明することをコミットすることで、投資判断の時点での形骸化したROI金額換算へのこだわりを弱めさせ、CEOやCFOをはじめとした役員からより有利な支援を得ることに成功していた。
ここまで、筆者の論調はロジックをこね回してROIにこだわることに否定的だと受け取られたと思うが、稟議や承認の手続き上、それでも数値を出さなければならないタイミングはあると思われる。最後に、できる限りそれらしいROIを算出する工夫を紹介しよう。
投資の目的が営業力の強化や開発期間の短縮などであって、主たるアプローチが従業員の生産性を向上させるという、情報系の投資でよくありがちな前提であれば、細かなことにこだわらず、あらゆる指標を簡潔に時間で換算してしまうのが定石だ。
網羅性や完全性を求めるあまり、複雑なロジックを組み上げてしまうと、全体を把握しづらくなってしまい、関係各位の理解・協力を得にくく、本末転倒な結果に終わってしまうこともある。ロジックはシンプルが一番だ。
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図2 時間の金額換算に重きを置いたROIの算出例 |
網羅性、納得感、世間との比較を重視するのであれば、コンサルティングをなりわいにしている企業に作業を依頼されることをお勧めする。ROI算定で経験のあるコンサルタントであれば、基本的なフレームは持っているはずだ。業界、業態、規模、改善を見込むテーマなどから、近しいモデルを引っ張り出してきて、対象組織向けにアレンジすることができる。
例えば、弊社コンサルタントが標準的に使っているモデルでは、下図のようなモデルとなっている。特徴があるわけではないが、過去何社ものプロジェクトでベースとして使ってきたものであり、項目としては網羅している。
また、ユーザーメリットを金額換算する際に、業界平均のような形で他社の指数を使えると、算出モデルを簡単にすることができる。例えば、ポータルを導入した場合の業務効率化の指数を算式の途中で使うことができれば、自社でち密な測定をすることなく、他社の事例から得られた知見の恩恵にあずかることができる。
くどいようではあるが、ここで挙げた例はあくまで、ある特定企業における適用例(項目、数値は実際のものを加工している)であり、ROIに関する都合のいい一般的な方法論や算定モデルは存在しない。結局のところ、自分たちで考えるよりほかに、すべはないのである。
貴社の状況に見合ったアプローチを選択して適切な経営判断がなされ、継続的なPDCAサイクルを実施することで確実な効果を上げられるよう、陰ながらお祈りしたい。
砂金 信一郎(いさご しんいちろう)
リアルコム株式会社
コアテクノロジグループ プロダクトマネージャー
shinichiro_isago@realcom.co.jp / shin@isago.com
東京工業大学工学部卒業後、日本オラクルにおいて、ERPから情報系ポータルまで、技術コンサルティングからマーケティングまで幅広い立場で経験。ナレッジマネジメントソリューション責任者も務める。その後、ドイツ系の戦略コンサルティングファームであるローランド・ベルガーにて、国内自動車メーカーを中心にオペレーション戦略立案プロジェクトに従事。現在は、リアルコム株式会社にて、自らも情報共有基盤戦略やNotes移行プロジェクトにかかわりながら、Notes関連製品のプロダクトマネージャーを務める。
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