ITによるグリーン化−アトムをビットに置き換えるグリーンITコラム(3)

前回、グリーンITは「ITによるエコ」と「ITにおけるエコ」に大きく分けられると説明した。今回は「ITによるエコ」について説明する。

» 2008年03月17日 12時00分 公開
[栗原 潔,@IT]

ITによるエコを考える

 前回の記事では、グリーンIが「ITによるエコ」と「ITにおけるエコ」に大きく分類できる点を述べた。

 一般に、企業の情報システム部門においては「ITにおけるエコ」、特にIT利用段階における電力消費量の削減についての議論が中心となることが多いであろうが、今回は「ITによるエコ」について簡単にまとめてみたい。

 組み込みシステムなどを含む「広義のIT」が環境に大きく貢献できるのは、いうまでもないだろう。例えば、自動車の低燃費化にはエンジン本体の燃焼効率の向上以上にコンピュータによるエンジン制御技術の進化が貢献している。より大局的なレベルで見ても、例えば、ITS(高度交通システム)による渋滞の解消が長期的にもたらす環境への貢献は極めて大きい。

 より狭義の視点から、一般の企業内ITにおける環境への貢献について考えてみても、ITによる環境への貢献の可能性は極めて大きい。オフィスにおけるペーパーレス化などがすぐに思い付く例だろう。また、電子会議による出張の削減、テレワークによる在宅勤務の推進なども重要だ。これらの例において重要な点は、デジタル化された情報をネットワークで送ることで、物理的な物の移動が不要になっているということだ。

 そもそも、印刷物を郵送する目的はそこに記載された情報を伝えるためであり、紙とインクを郵送することは本質的な目的ではない。同様に、ネットワーク経由で十分な情報伝達が行えるのであれば、人が物理的に移動しなければならないことはない(フェーストゥーフェースの対話による信頼感や連帯感の創成がビジネスにおいて重要であることを否定はしないが)。

物流やサプライチェーンのエコに大きく貢献できるIT

 もちろん、人は情報を食べたり着たりして生きていくわけにはいかないので、物理的な物の移動が全く不要になるわけではない。そして、このような物流の世界においても、ITはグリーン化に大きく貢献できる。

 例えば、物流業務において、在庫情報が適切に管理されていなければ、商品を事前に運んでおき十分な余裕を持った在庫を保持しておく必要がある。そして、売れ残りが発生すれば商品は破棄されることになる。また、在庫切れを適切なタイミングで予期できなければ、車両の積載率が極めて低い状態で商品を運ばざるを得ないケースもあるだろう。在庫の維持にも廃棄にも運搬もエネルギー消費と温室効果ガスの排出が伴う。これは、決して環境にやさしい状況とはいいがたい。

 一方、サプライチェーン全体にわたり最新の情報が利用可能になっていれば、在庫は最小限で済む。そもそも、在庫は完全な情報が得られない場合の安全弁であり、正確な情報が増すに従って削減できるものだ。

 一般に「情報が在庫をなくす」(information replaces stock)と呼ばれる原理である。これ以外にも情報の適切な管理により、業務の効率化が達成でき、結果的に環境に貢献できるケースは枚挙にいとまがない。

 一般に、情報システムの投資正当化の検討を行う際には、コスト削減、生産性向上などが見積もられることが多いだろう。しかし、今後は、これらの金銭的効果に加えて、温室効果ガスの削減などの環境貢献効果も加えるべきであるかもしれない。ITベンダが自社のソリューションの価値提案として環境への貢献を打ち出し、ユーザー企業もそれをベンダ選択の1つの基準とすれば、ITによるエコはさらに進展していくことになるだろう。

 米MITメディアラボの所長(現在は名誉会長)ニコラス・ネグロポンテ氏の古典的名著「ビーイング・デジタル」では、デジタル技術の進化によりアトムからビットへのシフト、つまり、物質中心型の世界から情報中心型の世界へのシフトが進行すると述べられている。

 アトムからビットへのシフトが、必要とされるエネルギーを大きく削減できることにつながるのは当然だ。つまり、IT化やデジタル化は、本質的に環境に貢献できるものなのである。

 物理的な物を中心的に扱うビジネスでは、コスト削減等の経営上の要請と環境への貢献が相反することがある。例えば、最近の再生紙の偽装問題などはその例だ。しかし、一般に、情報を中心的に扱うITの世界では業務的な効率性の向上と、環境への貢献はほぼ同じベクトル上にあることが多い。つまり、業務的な効率性を追求すれば、その結果として環境への貢献も達成できるケースが多いということだ。

 グリーンITにより、何か新しい負担が増えたと思われている情報システム部門の方は、グリーンITのために、いままで行ってきた業務の効率性改善、そして、IT基盤の効率性改善の取り組みを犠牲にしなければならないケースは(皆無とはいわないが)ほとんどないという点を認識していただきたい。情報システム部門にとってグリーンITとは新たな負担ではなく、新たな評価基準であると考えるべきだろう。

【関連用語】
▼グリーンIT(情報マネジメント用語事典)
▼グリーンコンピューティング(情報マネジメント用語事典)
▼仮想化(情報マネジメント用語事典)

Profile

栗原 潔(くりはら きよし)

株式会社テックバイザージェイピー(TVJP) 代表取締役 弁理士

日本IBM、ガートナージャパンを経て2005年より現職。ITと知財に関するコンサルティングと弁理士業務を並行して行う。専門分野は、ITインフラストラクチャ全般、ソフトウェア特許、データ・マネジメントなど。

東京大学工学部卒、米MIT計算機科学科修士課程修了。



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