“不況でグリーンITなどやる余裕はない”は正しいか?グリーンITコラム(8)

昨年の“リーマンショック”以来、景況感は下がる一方だ。そのような状況で、「とても環境に配慮する余裕がない」という企業も出てきている。果たして、そのような考え方は正しいのだろうか。

» 2009年01月14日 12時00分 公開
[栗原 潔,@IT]

 いうまでもなく、昨今の金融危機によって、ほとんどの組織が影響を受けている。企業のIT部門もその例外ではない。多くの調査会社や金融機関が企業における2009年度のIT予算伸び率の予測を下方修正している。

 例えば、IDCは4.2%からマイナス1.7%へと下方修正をしたほか、フォレスター・リサーチは前年比マイナス3%と予測している。このようにいくつかの調査会社は、2009年度のIT投資はマイナス成長と見ているようだ。

 これにより、企業はいままで以上にフォーカスを絞ったIT投資を求められることになる。要するに、“確実なメリットが得られない投資は可能な限り排除すべき”ということだ。

 このような状況下では企業のIT部門において、「“グリーンIT”は二義的な投資案件であり、このような環境下では後回しにすべきである」という考えが生まれるのは無理からぬことだろう。環境的なメリットよりも、まずは金銭的なメリットにフォーカスすべきという発想だ。これは一見、合理的なように思えるが、本当に正しい考え方なのかどうかを検討してみよう。

オバマの「グリーン・ニューディール政策」は理にかなっている

 まずはITの世界を少し離れて、より巨視的な視点から考えてみよう。米国のオバマ新政権は未曾有の経済危機に対応するために「グリーン・ニューディール政策」を推進する予定であるという。おおまかにいえば、再生可能なエネルギーの普及などにより、10年間で500万人の新規雇用を生み出すという計画だ。

 あらためて説明するまでもないと思うが、「ニューディール政策」とは、1930年代に米国のフランクリン・ルーズベルト大統領が大恐慌を克服するために行った、公共事業立ち上げなどの一連の政策のことである。日本語に訳せば、「心機一転政策」とでもいえるだろう。

 「ニューディール政策」が、本当に米国の景気の回復に貢献したのかどうかは議論の余地があるようだ。しかし、経済環境が悪化しているときには、消費の縮小→企業の業績悪化→雇用状況悪化→消費の縮小というネガティブなスパイラルを何としても避ける必要がある。ある程度、人為的に新規雇用を創出することで、経済に刺激を与えることは少なくとも短期的解決策として重要だろう。

 かといって、誰も使わない道路や箱物などの公共事業に投資するだけでは、結局のところ現在の負債のつけを次の世代に回すだけになってしまう。「短期的には雇用機会を提供し、長期的には生産性向上を提供する投資」にフォーカスすることが重要なのである。

 その意味では、「グリーン・ニューディール政策」は理にかなっている。

 再生可能エネルギーなどの新たな産業により、新たな雇用を創出するだけではなく、将来にわたって、コスト削減や国際競争力強化などの長期的な価値を提供することができるからだ。

 また、化石燃料への依存度を低くすることは、米国の国力強化にも大きく貢献するだろう。そして、もちろん環境負荷の削減により現代社会の持続可能性に貢献できる。

社内でグリーン・ニューディールを実施しよう!

 では、再び企業ITの世界に戻って考えてみよう。

 もちろん、政治経済の世界と企業ITの世界を同一にとらえることはできない。しかし、危機的状況において、何もアクションを取らなければ、ネガティブなスパイラルにはまり、衰退する一方となるという点は共通しているだろう。

 企業ITにおいて、「すべての案件の予算を一律にカットする」という消極策を取るだけでは、企業が競争力を失うだけだ。生産性向上、そして他社との差別化要素の創出に結び付くような、積極的なIT戦略を選択的に実施する必要がある。

 このような積極的戦略の1つとして位置付けるものが、グリーンITであると筆者は考える。企業は、まさに自社内における「グリーン・ニューディール」を行うことを検討すべきだ。

 当コラムでも繰り返し述べているように、環境の問題と金銭的利益の問題、いわば、「エコロジー」の問題と「エコノミー」の問題とを、相反するものとしてとらえる二元論は適切ではない。エコノミーを追求するためにエコロジーを犠牲にする必要はないし、エコロジーを追求することで結果的にエコノミー的利益が得られることも多いのである。

 グリーンITは余計な仕事を増やすためのオーバーヘッド的案件ではない。

 IT基盤の効率化を図り、企業イメージの向上を図り(これは、特にITサービス自体を外販しているアウトソーシング受託企業やデータセンター事業者について当てはまる)、将来に拡張可能な基礎を築くという点では、極めて前向きな投資だ。

 「グリーン・ニューディール政策」が心機一転に結び付くのと同様に、グリーンITの視点から自社のITを見直すことで、新たな価値の創出機会が発見できることもあるかもしれない。

 「経営環境が厳しいのにグリーンIT」という発想ではなく、「経営環境が厳しいからこそグリーンIT」という発想こそが、いま重要といえるだろう。

Profile

栗原 潔(くりはら きよし)

株式会社テックバイザージェイピー(TVJP) 代表取締役 弁理士

日本IBM、ガートナージャパンを経て2005年より現職。ITと知財に関するコンサルティングと弁理士業務を並行して行う。専門分野は、ITインフラストラクチャ全般、ソフトウェア特許、データ・マネジメントなど。

東京大学工学部卒、米MIT計算機科学科修士課程修了。



Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ