求められる人材ポートフォリオがなぜ作れないのかITSSはなぜ生かされないのか(2)(2/2 ページ)

» 2008年07月31日 12時00分 公開
[井上 実,@IT]
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自社の戦略を立案するためには

 では、経営戦略を持ちにくい日本のIT企業において、戦略を持つようにするためにはどのようにすべきなのかを考えてみる。

(1)顧客の情報システムのどの部分を担うのかを明確化する

 カスタム開発が中心のビジネスでは、自社パッケージなどを差別化要因とする戦略は立てにくい。むしろ、顧客の情報システムの機能・役割のどの部分に特化して自社の事業を展開するのかを検討すべきである。

図2:UISSタスクフレームワーク(クリックで拡大)【出典】経済産業省、『情報システムユーザースキル標準Ver.1.2』、2008年3月、P13

 情報システムに必要な機能・役割のテンプレートとしては、UISSのタスクフレームワーク(図2参照)、機能・役割定義(図表3参照)や、2007年9月に9年ぶりに改定されたソフトウェアライフサイクルプロセス(SLCP−JCF2007)が活用できる。これらのタスク、機能・役割の中から、自社の戦力を集中化する領域をまず決める必要がある。

図表3:UISS機能・役割定義
IS機能
スキル
知識項目
番号
大項目(タスク)
中項目
小項目
1 事業戦略策定 経営要求の確認 経営要求の確認 経営方針を正確にとらえることができる
企業目標を正確にとらえることができる
中期構想を正確にとらえることができる
対象とする事業領域を正確にとらえることができる
ビジネスモデル
バランススコアカード/戦略マップ
経営一般
経営要求の重点事項
業務(経営)環境の調査・分析 外部環境を正確にとらえることができる
外部環境の分析結果と企業目標の関係をIS戦略指針として文書化することができる
外部環境の情報を継続的に収集できる
外部環境の調査・分析手法
3C、7S、5Force、バリューチェーンモデル
企業競争力の分析手法
マクロ経済
業界動向、競合他社の動向
関連法案
ロジカルライティング
課題の抽出 収集した情報からIS資源における課題を分析・抽出することができる
構築面や保守・運用面から、課題を評価することができる
SWOT分析
連関図手法/ロジックツリー
ギャップ分析
情報システム評価手法
【出典】経済産業省、『情報システムユーザースキル標準Ver.1.2 機能・役割定義』、2008年3月

 もちろん、自社の戦略を集中化する領域にビジネスチャンスがなければならない。これを知るためには、顧客である企業の情報化投資の傾向を知る必要がある。

 筆者は、企業の情報化投資はスマイルカーブを描くのではないかと考えている。

 スマイルカーブとは、企業の利益率を縦軸に取り横軸に部品製造、製品組立販売、アフターサービスなどのサプライチェーンを上流から下流に並べ、グラフを描いてみると、人が笑っている顔に似た曲線を描くことから名付けられたものである(図4参照)。

図4:スマイルカーブ

 従来は、製品組立製造が最も多くの利益を上げ、部品製造は下請けとして低利益の事業を行っていた。しかし、PC業界のインテルやマイクロソフトのように、製品アーキテクチャが共通化されてオープン化されることにより、部品の共通化・標準化が進められ、製品組立製造よりも部品製造の利益率が高くなった。

 自動車業界においても、自動車価格の低価格化によって、自動車自体の販売による利益率よりも、ローンなどの金融サービス、保守点検サービスなどのサービスが上げる利益率の方が高くなる傾向がある。

 システム構築の3つのプロセス(企画、開発、運用・保守)を上流から下流に横軸に並べ、縦軸に経営へのインパクトを取ると、同じようなカーブを描くのではないだろうか?(図5参照)。

図5:情報化投資のスマイルカーブ

 経営と情報システムの距離が非常に近くなった現在の企業において、「経営戦略を実現するため、経営課題を解決するためには、どんなシステム化が必要なのか?」を検討する企画プロセスは非常に重要なプロセスとなる。

 また、システムの停止は事業の停止につながり、環境の変化に対するシステム対応の遅れが企業競争力の減退につながるため、「システム安定稼働の保証」「環境の変化への迅速な対応」が求められる運用・保守プロセスも同様に重要になる。これらを比較すると、開発・導入プロセスは、経営に対するインパクトが少なくなると思われる。

 経営に対するインパクトの大きな部分に対する投資は、当然大きくなる。もちろん、企業内部に投資がなされ、外部に投資されない可能性もあるがビジネスチャンスがあることは間違いない。

(2)特化領域で何を強みとするかを見つけ出す

 顧客の情報システムの機能・役割の中で、どこを自社の特化領域とするかが決まれば、その領域で何を自社の強みとするのかを見つけ出し、他社との差別化を図る必要がある。

 業務ノウハウなのか、業界知識なのか、それとも特殊な技術知識なのか。自社の強みは何かを洗い出し、他社との競合に打ち勝つことができるかを検討する。そのためには、自社内の情報だけではなく、他社の情報も的確につかみ分析しなければならない。

(3)目標に至るための道筋(戦略)を立案する

 顧客の情報システムの機能・役割の中で、どの部分を担うかが決まり、その領域で何を自社の強みとするかが決まったら、強みを生かしていつまでにどこまでやるかという経営目標を定める。

 そして、目標に至るためにどのような道筋をたどるのか、何をしなければならないかという戦略を立案する。

戦略実行に必要な人材像を定義するためには

 戦略実行に必要な人材像を効率的に定義するには、ITSSをテンプレートとして活用すればよい。ITスキル標準V2 1部概要編の中で「ITスキル標準の位置付けは、基準や仕様ではなく、参照モデルである」と書かれているように、ITSSはそのまま導入するものではなく、自社の現状および将来の方向性に合わせて、カスタマイズして使用するものである。

 ITSSのキャリアフレームワーク、職種・専門分野・レベルの定義、達成度指標、スキル項目・知識項目・スキル熟達度といったキャリア体系の構造はそのまま活用し、ITSSで定義されている内容を自社のキャリア体系のテンプレートとして活用する。

 ITSSで定義されている職種・専門分野などを取捨選択して、組み合わせるだけではなく、戦略実行に必要でITSSにはない人材は、ITSSの構造を使って新たに定義すればよい。

 また、レベルを示す達成度指標を自社のビジネス規模に合わせて修正したり、スキル項目・知識項目も自社に最適化していけば、一から自社のキャリア体系を考え出すよりも、効率的にキャリア体系を構築することが可能となる。

参考文献

http://sec.ipa.go.jp/download/files/report/200710/SE_level_research_2006_2.pdf□『エンタプライズ系ソフトウェアにおけるSE度の実態調査』■◆


筆者プロフィール

井上 実(いのうえ みのる)

グローバルナレッジネットワーク(株)勤務。MBA、中小企業診断士、システムアナリスト、ITコーディネータ。

第4回清水晶記念マーケティング論文賞入賞。平成10年度中小企業経営診断シンポジウム中小企業診断協会賞受賞。

著書:『システムアナリスト合格対策』(共著、経林書房)、『システムアナリスト過去問題&分析』(共著、経林書房)、『情報処理技術者用語辞典』(共著、日経BP社)、『ITソリューション 〜戦略的情報化に向けて〜』(共著、同友館)。


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