知らないうちに偽装請負で逮捕されちゃう?読めば分かるコンプライアンス(13)(3/5 ページ)

» 2008年12月09日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

美人のお姉さんのお願いは断れない!

神崎 「稲森さん、おはようございます! 絶対評価と相対評価の関連性のデータ分析の件ですけど、昨日の夜、稲森さんに送ったメールに添付しましたけど、あれで大丈夫でしたか?」

稲森 「あら、神崎さん。ええ、メールは読んだわ。ありがとう。分析結果もあれでいいと思うけど、もう少し詳しく読むと、手直ししてもらう所があるかもしれないわね」

神崎 「ええ、ええ、そりゃもう、いくらでも手直ししますから、じゃんじゃんいってくださいよ!」

稲森 「じゃんじゃん手直しするようじゃ、ちょっと考えもんじゃない?」

神崎 「かはははは、そりゃそうですね」

稲森 「それより、別件でまた手伝ってもらいたいことがあるんだけど……」

神崎 「喜んで! どんなことです?」

稲森 「神崎さんも知ってると思うけど、2週間前に人事部主催でコンプライアンス研修をやったでしょ? そのとき社員にアンケートを取ったんだけど、ようやくアンケート用紙が全部回収できたのよ。それで、そのアンケート結果を集約して分析してほしいの。時間も手間もそんなには掛からないと思うわ。本当なら私のスタッフの飯田さんにやらせる仕事なんだけど、ちょっと突発的な仕事が入っちゃって、手がふさがってるのよ。人事評価制度のお仕事とは関係ないんだけど、やってもらえるとうれしいなぁ」

神崎 「ええ、ええ、稲森さんの頼みならば、やっちゃいますよぉ! 幸い人事評価制度のお仕事も一段落してるし」

稲森 「ありがと。じゃあ、回収したアンケート用紙は飯田さんが持ってるから……。それと、分析方針や提出期限も彼から聞いといてくれる?」

神崎 「了解です!」

稲森 「ほんと、グランドブレーカーさんの優秀なコンサルタントに手伝ってもらえるなんて、助かるわぁ」

神崎 「いや、何これくらい、がははは。じゃあ、飯田さんの所に行ってきます!」

 おだてられ、木のてっぺんまで登り詰めた神崎は、フワフワした足取りで飯田の席に向かって行った。その後ろ姿を眺めながら、高幡人事部長が稲森に声を掛けてきた。

高幡 「稲森くん、ほんとに君は人あしらいがうまいねぇ?」

稲森 「あら、高幡部長……。いつからいらっしゃったんですか?」

高幡 「ついさっきだよ」

稲森 「人あしらいだなんて、イヤですわ」

高幡 「何も悪いことなんかないじゃないか。人を使って自分の成果を出すことも実力のうちだし、それが君を課長に引き上げた理由の1つでもあるんだし、別に嫌がることはないよ」

稲森 「はい、ありがとうございます。で、何かご用ですか?」

高幡 「実はだね……」

 すると高幡と稲森は、何か込み入った案件を相談し始めた。

ALT 高幡 昇
ALT 稲森 美由紀

 高幡は稲森の企画力とプロジェクトマネジメント能力を高く評価しており、通常、係長を5年以上務めてから課長に昇進するところを、稲森に関しては3年という短期間で課長職に昇進させていた。

 稲森もそんな高幡を信頼し、常にその期待に応えようと努力していた。社内では、そんな2人を見て、「大人の男と女の関係に入り込んでいる」などというげすの勘ぐりをする向きもあったが、当の高幡と稲森は上司と部下の関係を超えたことはなく、げすにはいわせておけ、ぐらいにあしらっていた。

 その“げす”の中に係長を6年務めている阿部伸治がいた。

 阿部は人事労務関係の法令に詳しく、主に入社・退職の手続き全般と人事部が締結する契約全般の管理を担当していた。高幡は阿部の法令知識と堅実な実務能力は重宝していたが、その地味な性格と部下を使いこなすスキルがない点が高幡自身の好みに合わず、阿部を課長に昇進させる気がなかなかわいてこないのだった。

 阿部も、高幡の自分に対する評価が否定的で冷ややかであることを感じ取っていた。仕事はきちんとこなしているが、高幡を上司として尊敬する気持ちはまったくなく、それどころか、気が付くと無意識のうちに高幡のあら探しなどをしているくらいだった。

 だから、自分より後輩なのに高幡の強い手引きで課長に昇進した稲森に対する敵愾(がい)心も強かった。「稲森なんて女は、人事に関する法令もろくに知らないくせに、色仕掛けで高幡に取り入った出世欲の固まりだ」というわけである。

 その阿部伸治が、先ほどからの神崎と稲森の会話に注意を向け、さらに高幡と稲森の会話にも聞き耳を立てていたのだった。

阿部 「(稲森め、ついにやってくれたじゃないか。今日の神崎への指示は、完全に偽装請負に該当することになるぞ。おまけに、高幡がその現場を見ながら、稲森に注意するどころか、逆に褒めたりなんかしてくれちゃったし。いってみれば、偽装請負の上塗りだ。しかも、公益通報者保護法が使える状況にもなっている。これはチャンスだ! いやはや、法律を知らないやつらはかわいそうだねぇ)」

 阿部は、高幡と稲森が何事かを打ち合わせている後ろ姿を眺めながら、会社支給の携帯電話を取り出して、東京労働局の番号を押した。

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