内部統制で今後問題になりそうなのが、スプレッドシート統制だ。スプレッドシート統制は面倒なのか、それを検討しよう。
内部統制の報告制度が法制化され、内部統制が厳しく監査されるようになったのはご存じのとおりである。この中で、現在多くの人が日常的に利用している「スプレッドシート」が統制されることになったことで、業務量の増加を懸念する人も多いのではないだろうか。少しでも楽をしてスプレッドシート統制に対応するための方法を、「Microsoft Office Excel」によるシステム開発を専門的に手掛けている筆者の経験を交えて紹介する。
多くの企業で当たり前のように使われているITインフラが整備されたのは、ここ10年ほどのことである。今日では、ブロードバンドによるインターネット利用が普及し、多くの企業で1人1台のPCが配備されている。Office系のアプリケーションの完成度が高まったことで、勉強熱心な人たちは、PCスクールや独学でさまざまなITスキルを身に付けてきた。
こうした動きは、企業内の個人にとどまらない。国も、国民のITリテラシー(ITを適切に使いこなすことができる能力)を高めようと、さまざまな施策を講じている。
例えば、経済産業省が認定する国家資格、情報処理技術者試験の中にある「初級システムアドミニストレータ試験」(2009年秋より「ITパスポート試験」に吸収)の利用者像には「利用者側において、情報技術に関する一定の知識・技能をもち、部門またはグループ内の情報化を利用者の立場から推進する」とあり、企業内などでの利用者側からの情報化を重視している姿勢がうかがえる。ITパスポート試験の利用者像にも「職業人が共通に備えておくべき情報技術に関する基礎的な知識をもち、情報技術に携わる業務に就くか、担当業務に対して情報技術を活用していこうとする者」とあり、利用者像は引き継がれているようだ。
「初級システムアドミニストレータ試験」の試験内容は、大半がスプレッド・ソフトウェア(Excelなどの表計算ソフト)とデータベースの活用法に割かれているのだが、この2つのうち、初心者にも利用しやすいのはスプレッドシートである。データベースの操作には一定の知識が必要だが、スプレッドシートはそれほど知識がなくとも感覚的に操作することができる。
筆者はここ10年ほど、代表的なスプレッドシートであるExcelをプログラム言語としてシステム構築を行うという仕事を手掛けてきた。実際、多くの企業では、下記の例のように、スプレッドシートを活用したシステムが運用されていた。
これらの仕組みはいずれも、PCに詳しい現場の人が作ったものである。すなわち、初級システムアドミニストレータ試験が利用者像として掲げる「情報化を利用者の立場から推進する」人が多くの企業で活躍しており、スプレッドシートを用いた業務改善はどの企業でも見られる当たり前の光景なのである。
近年では、クラウドコンピューティングと呼ばれる、インターネット上のどこかにあるソフトウェアなどのリソースをユーザーに提供するサービスも盛んになってきた。クラウドコンピューティングで提供されるソフトウェアは初心者でも簡単に扱えるものが多いので、初級システムアドミニストレータ試験にあるような「情報技術に関する一定の知識・技能」があまり必要とされないこともある。
しかし、こうした「与えられたものだけを使う」受動的な利用法だけで、自動的にIT化が進行すると考えるのは早計だ。同じ機材を導入しても、発展する企業もあれば倒産する企業もある。両者の違いは「その機材使ってどのようなビジネスを行ったか」ではないだろうか。ITを活用しているかどうかの判断は、まさにこうした「使いこなし」の練度によるといってもいいだろう。
繰り返すが、多くの人々がコンピュータを使いこなして業務改善を行うことこそがIT化の神髄であり、そのための有力なツールであるスプレッドシートは、企業活動に不可欠な存在といえよう。
スプレッドシートは、企業内のIT化に欠かせない存在だが、敷居が低い半面、その内容が全社的な管理や標準化から漏れやすく、ファイルの量も無秩序に増え続けてしまうといった問題点がある。
この点については、企業のIT部門としても頭の痛い問題ではあったが、これまではそのまま放置しても法律上の問題はなかった。ただ、日本でも内部統制が法制化され、一定の条件でこれらのスプレッドシートも統制の対象となったことで状況が変わった。つまり、これらのスプレッドシートも基準に従って管理することが求められるようになったのだ。ただでさえ頭の痛い問題であった、標準化されていない、膨大な量のファイルを内部統制の対象とすることは、多くの企業に「面倒」「大変」といったネガティブなイメージでとらえられ、内部統制スタート初年度となった2008年度では対応を遅らせる原因の1つとなった。
日本の内部統制の対象は主として上場企業であり、一定規模以上の企業と見なすことができる。しかしスプレッドシートは、これら多くの大企業の決算プロセスでも利用されていることから、投資家保護の観点から統制の対象となった。それでは、スプレッドシート統制とは、どのような内容なのか。これについて、日本公認会計士協会の資料では、次の点について検討する必要があるとしている(以下は「財務報告に係る内部統制の監査に関する実務上の取扱い」の引用)。
資料によれば、(1)の「マクロや計算式等を検証」が優先事項であり、もし完了していれば、(2)の「手計算で確かめる」は実施する必要はない。もちろん本質的にも、(1)式を検証することの方が、(2)ある式の検算を行うことよりも大切であることはいうまでもない。
だが、不思議なことに、(1)の「検証」を飛ばして(3)の「検算」を大まじめに行っている企業が少なくないのだ。そんな企業の担当者に聞くと、「Excelを“大掛かりな電卓”と見なして、ほかの電卓で検算を行うことによってスプレッドシート統制の対象から外したい」という。「臭いものにふた」をするような場当たり的な対応を取ることで、かえって苦労を増やしてしまっているのだ。
中には、こうした苦労を避けようと、スプレッドシートの利用そのものをすべてやめてしまうといった極端な対応を取り始めた例もある。統制する手間や苦労を考えると、利用そのものをやめさせる方が簡単だというロジックであろうが、すでに多くの企業ではスプレッドシートなしにIT化を推進できない状況にあり、利用をすべてやめるのは非現実的な対応といわざるを得ない。
このようにイメージや誤解によって、場当たり的な手段や、時代に逆行するような不便な方針を取るのは企業として大きな損失である。それよりも、必要なポイントを押さえて、真正面から取り組めば、より簡単にスプレッドシート統制を行うことができる。必要なのは方向性の認識と方法論であり、スプレッドシート統制を回避する算段ではないのだ。
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