ITリーダーは、PaaS市場の動向を見極めよガートナーと考える「明日のITイノベーターへ」(2)(2/3 ページ)

» 2011年08月02日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

大手ベンダがこぞってPaaS市場に参入

三木 先ほど、「現時点では中堅・中小企業におけるPaaSのニーズが高い」とおっしゃいましたが、日本の中堅・中小企業は一般的なPaaSよりもSaaSを選ぶ傾向が高いように思います。あるいは、PaaSでもForce.comのように“機能の抽象度が高いサービス”を選ぶ傾向が強いですね。一般的なPaaSに比べ、より少ない開発工数で迅速にソリューションを構築できる点が支持されているようですが。

ナティス氏 そうですね。基本的に中堅・中小企業が求めているのは開発ツールではなく、ISVが提供するアプリケーションやソリューションです。またおっしゃるように、4GLのように生産性の高い開発ツールのニーズもあります。

「PaaSの主なユーザーはクラウドソリューションを構築するISV。彼らは多くの場合、安心感の高い大手ベンダのプラットフォームを選ぶ。今後、大手ベンダが競合としてPaaS市場に参入してくると、小規模なPaaSベンダにとっては厳しい時代になるだろう」――イェフィム・ナティス

 しかしその一方で、IBMやオラクル、マイクロソフト、Red Hatといった大手ベンダが現在提供しているPaaSは「ハイコントロールPaaS」、つまりJavaやSpringフレームワーク、.NETといった従来の3GLによる標準的な開発ツールです。4GLによる高生産性を目指したものではありません。つまり、クラウドの主要ユーザーである中堅・中小企業のニーズとは、大きく乖離(かいり)しているのです。

 Javaや.NETのような、「従来と同じプログラミング技術を使ったプライベートクラウドのソリューション」か、もしくは「既存アプリケーションのクラウドへの移行ソリューション」であれば、それでも問題ないでしょう。しかし、いざ「まったく新しいクラウドアプリケーション」を構築しようとなると、問題が生じると思います。そういう意味では、Force.comのような4GLの技術を有するベンダは有利だと言えるでしょう。しかし一方で、セールスフォース・ドットコム以外のベンダ、例えばLongJumpやOrangeScapeなどは企業規模が小さいので、先ほど述べたように、今後の競争を勝ち残っていくのは大変だと思います。

「セールスフォース・ドットコムとヴイエムウェアが共同で提供している「VMforce」は興味深い存在だ。Force.comの高い生産性と、Java開発環境の柔軟性を統合する試みと言える」――三木泉

三木 そういう意味では、セールスフォース・ドットコムとヴイエムウェアが共同で提供している「VMforce」は大変興味深いと思いますね。VMforceは、Force.comの高い生産性と、Java開発環境の柔軟性を統合する試みだと言えます。

ナティス氏 確かにVMforceには、ある程度、期待できるでしょう。ただしVMforceは、Force.comとはまったく別のスタックとして実装されています。セールスフォース・ドットコムのプラットフォームと共有しているのはデータセンターだけ、つまりコロケーションしているだけです。従って、Force.comが持っている高生産性のメリットをVMforceで享受することはできません。

 また、ヴイエムウェアとセールスフォース・ドットコムの関係は、以前ほど良好だとは言えません。セールスフォース・ドットコムはVMforceの競合であるHerokuを買収しましたし、一方のヴイエムウェアもForce.comと競合するCloudFoundry.comを買収しています。こうした両社の関係性を鑑みた場合、私はVMforceには過度な期待を抱かない方が良いのではないかと考えます。

 ただし、セールスフォース・ドットコムの戦略自体は高く評価しています。プラットフォームがプロプライエタリであるため信頼性が高く、ユーザーからも高く評価されていますし、近い将来、database.comというデータベースサービスを提供開始することも公表しています。

 database.comでは、Force.comと同じくApexを使ってデータアクセス処理をストアドプロシージャとして開発できます。そしてアプリケーションの他の部分は、Heroku上でJavaやRubyを使って開発すればいいわけです。あるいは、.NETやJavaの開発プラットフォームでも構いません。こうしたアーキテクチャの提供は、PaaSのプラットフォーム戦略として非常に優れていると思います。ちなみにdatabase.comに関しては、8月末に開かれるセールスフォース・ドットコムのイベントで何らかの重要な発表があると聞いています。

三木 なるほど。ところでナティスさんはマイクロソフトのPaaS戦略も高く評価されているようですが、同社はWindows Azureにおける.NETのコーディング作法を、従来のオンプレミス用のものから大きく変更しています。このことは、これまで.NETでオンプレミスのアプリケーションを開発してきたデベロッパーがWindows Azureに移行する上で、少なからぬ負担を掛けることになるかと思うのですが。

「中堅・中小企業が求めるのはソリューションや4GLのような生産性の高い開発ツール。だが、大手ベンダが提供しているのは、『ハイコントロールPaaS』。つまり従来の3GLによる標準的な開発ツール。クラウドの主要ユーザーである中堅・中小のニーズとは乖離している」――イエフェム・ナティス

ナティス氏 マイクロソフトの技術者たちは、長期的な視点からクラウドに本格的にコミットしようと考えており、クラウドに完全にフィットするアーキテクチャを新たに設計しました。そしてその結果として、システム設計の手法を変えざるを得なくなったのです。

 最も大きな変更点は、アプリケーションのアーキテクチャを「ワーカーロール」と「Webロール」に分けなくてはいけなくなった点です。これは、ASP.NETで全てを実装していた従来の手法からの大きな変更を意味しますが、同時に極めて真っ当で正しい進化の在り方だと思います。さらに「VMロール」を使えば、既存のアプリケーションに何ら手を加えることなく、Windows Azureのクラウド環境上に移行することもできます。

 またマイクロソフトは、「自分たちのソリューションには、高い生産性の開発ツールが欠けている」とも認識しています。これは私見ですが、マイクロソフトは恐らく来年、Windows Azure向けの高生産性開発ツールを発表すると見ています。この新しいツールは、同社が掲げるXRM戦略に基づくものになるかもしれませんし、あるいはまったく新しいコンセプトのものになる可能性もあります。

 今やマイクロソフトの製品戦略は、オンプレミスのサーバ製品よりも、Windows Azure上のクラウドサービスに重きを置くようになっています。これまで同社は、まずオンプレミスのサーバ製品をリリースした後にそれをクラウド化していましたが、これからはその順序が逆になるでしょう。すなわち、クラウドサービスを先にリリースして、それを後からWindows Server用に移植するようになるわけです。

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