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» 2011年08月30日 12時00分 公開

情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(57):クラウドのメリット、本当に生かせていますか?

ビジネスの展開のスピードが向上する、コスト効率を高めるなど、クラウドのメリットはかなり浸透している。だが、その活用方法は、本当に自社の理念や経営目標にひも付いているだろうか?

[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

クラウドが変える世界―企業経営と社会システムの新潮流

ALT ・著=宇治則孝
・発行=日本経済新聞出版社
・2011年8月
・ISBN-10:4532317053
・ISBN-13:978-4532317058
・1600円+税
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 クラウドサービスの進展を受けて、IT資産を「持たずに使う」ことによるメリットは多くの企業に浸透した。そして現在、話題の中心は「クラウドとは何か?」から「安全に使えるのか」「セキュリティは大丈夫なのか」といった、より現実的な問題にシフトしている。ただ、クラウドサービスは「現在進行形で進んでいる状況であり、その対象・領域が広がっている」。これを有効活用するためには、企業と社会の潮流をしっかり考慮することが必要だ――。

 本書、「クラウドが変える世界」は、クラウドを「特別な技術」ではなく、「企業、社会と大きなかかわりを持つもの」と捉え、そのメリットと今後の可能性をまとめた作品である。冒頭で述べたように、ただ単にクラウドのメリットを列挙したものではなく、分析の視点として「(社会の価値観の)パラダイムシフト」「既存事業の壁を超えたサービス融合」「国境を越えたグローバル化」という、企業・社会を取り巻く3つの「潮流」を設定し、企業・社会という現実にしっかりとひも付いた、真の意味でのクラウド活用を促している点が特徴だ。

 では、著者が現在の「潮流」として挙げているものは、具体的に何なのか? まず1つ目の「パラダイムシフト」とは、社会全体の価値観として「所有価値ではなく利用価値を重視する」傾向になっていることを指している。2つ目の「既存事業の壁を超えたサービス融合」とは、例えば「放送と通信の連携」により、「光ファイバーやモバイルなど通信回線で放送の映像コンテンツを配信」したり、「エネルギーと情報通信の連携」により、「電力需要をリアルタイムで正確に把握しながら需給を細かく制御する」スマートグリッドなどの取り組みを指している。そして3つ目、「国境を越えたグローバル化」とは、新興国市場への対応や、調達、製造、物流といった一連の業務プロセスのグローバリゼーションなど、「ヒト・モノ・カネ・情報のグローバル化」のことを示している。

 言うまでもなく、こうした「潮流」に対応するためには、業務プロセス面、技術面であらゆる課題が存在する。だが著者は「クラウドは各課題を解決するメリットを持っている」として、 「大規模な初期投資がいらなくなり、簡単に利用できる」「システムを構築するまでの時間を削減できる」「拡張性が高く変更に強い」「多種大量のデータを低廉なコストで処理できる」といったクラウドのさまざまなメリットを、「企業・社会を取り巻く潮流」という各課題に照らし合わせながら、「どの課題に、どのメリットが、どのように有効なのか」、事例を用いながら具体的に解説するのである。

 例えば、製造業や流通・小売業などがグローバル展開するためには、世界規模のロジスティクスとオペレーションの確立が求められる。その例として、著者は大手スーパーマーケットチェーンのカルフールとウォルマートの中国市場における戦いを紹介。米国で成功の鍵となった物流システムがうまく機能せず、当初はカルフールに水をあけられていたウォルマートが、その後「世界各国の店舗在庫を1時間以内に点検し、自動的に発注できる先進的な物流システム」を整備し、カルフールに逆転した事例を解説する。

 これを基に、「システム準備時間の速さ」「サービスなどの均質性を維持するための標準化」「法律や税制の違いに対処するためのセルフカスタマイズ性」「在庫管理などを行うための高速処理」といった、グローバル展開で勝つための要件を抽出。先に挙げたクラウドのメリットが、こうした要件に応えられるものであることを力説するのである。

 また、3つの潮流に共通する課題として、「ビジネスチャンスを逃さない」というスピードや柔軟性も挙げられる。例えば、音楽や映像の配信サービスやインターネット通販事業者にとっては、需要の変動に俊敏に対応できるか否かが社の行く末を左右する。その点、「突発的な事態に対してリアルタイムでシステムを増設」したり、元の状態に戻したりすることができるクラウドはメリットが大きい。特にシビアなコスト管理が求められる中小・ベンチャー企業ほど効果を発揮すると解説するのだ。

 この他、東日本大震災以降、注目を集めているBCP(事業継続計画)や、ワークスタイルの変革、さらには電子カルテの導入をはじめとする医療業務の効率化、日々蓄積される大量データの有効活用(ビッグデータ)など、3つの潮流から派生する企業の課題は数多くある。著者はそうした1つ1つの具体的な課題に対して、クラウドのどの側面が、どう有効かを詳細に分析するのである。

 このように、本書は「各課題に対するクラウド適用のヒント」を提示してくれる点が最大の特徴であり、冒頭で述べたように、決してクラウドの各メリットを列挙したような作品ではない。特に重要なのは、社会の「潮流」に沿って、求められているビジネス要件を抽出し、そこにクラウドのメリットをひも付けている点だ。すなわち、1つ1つの活用案が「どうすれば日本社会、ひいては“世界”を活性化できるか」という大目標から抽出されているのである。実は今、多くの企業に欠けているのは、この観点なのではないだろうか。

 例えば、あなたの会社で実施している、あるいは検討しているクラウド活用は、社会に対する自社の理念や経営目標に本当にひも付いたものだろうか? スピードやコスト削減など、個別のメリットばかりに注目してしまい、その場限りの短期的なクラウド活用に陥ってはいないだろうか? クラウドも新たな概念、テクノロジの1つに過ぎない以上、「自社の理念、経営目標を基に、今どんな取り組みが必要かを考え、その実現手段として適用する」というテクノロジの有効活用の基本は変わらないはずだ。にもかかわらず、新しさや話題性、便利・手軽というキーワードに流されて、基本を忘れてはいないだろうか?

 いわば、本書が教えてくれるのは、社会状況という“コンテキストに沿ったクラウド活用”なのである。クラウドのメリットだけを拾うような飛ばし読みをすることなく、じっくりと読み込んで、今の社会・企業の潮流いう大きなスコープと、そこから施策を導き出しクラウドを適用するためのロジックを、ぜひ入手してみてはいかがだろうか。


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