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» 2011年10月25日 12時00分 UPDATE

情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(65):「見える化」だけでは、ビジネスは進まない

業務データをいくら共有しようが、それが正しい判断、アクションにつながらなければビジネスは加速しない。大切なのはゴールに向けてスピーディに判断を収束させる「仕組み」だ。

[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

サムスンの決定はなぜ世界一速いのか

ALT ・著=吉川良三
・発行=角川書店
・2011年9月 第3版
・ISBN-10:4047102822
・ISBN-13:978-4047102828
・724円+税
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 「ある会社では、複数のCADが複数のツールとして乱立している状態になっていました。つまり、それぞれがスタンドアローンになっていて、プラットフォームを共通にしてのシステム化ができてはいなかったのです。これでは、せっかくIT化を考えても、それが組織の機能をスピードアップさせることには結びつかないので、意味をなしません。必要なのは、ツールではなくシステムです」――。

 本書「サムスンの決定はなぜ世界一速いのか」は、東京大学大学院ものづくり経営研究センターに所属する吉川良三氏が、1994年から2003年まで、サムスンで 電子常務としてCAD/CAMを中心とした開発革新業務を推進した経験を振り返り、同社のビジネス展開が速い理由を分析した作品である。

 グローバルにおける同社の躍進を支えたのは「3PI運動」――パーソナル・イノベーション/プロセス・イノベーション/プロダクト・イノベーションという“3つの革新”を推し進める取り組みったが、中でも発展に大きく寄与したのは、開発・生産を効率化「プロセス・イノベーション」であったという。そして拠点が散在していても、必要な情報を共有しビジネスを加速させる“仕組み”――すなわち“システム”こそが、イノベーションの軸となっていたと解説するのである。

 特に吉川氏が強調するのは、情報共有における「見える化」と「見せる化」の違いだ。例えば、ある製品の生産に特殊な部品が必要になったとする。だが、一定のペースで生産している汎用部品に対し、新たに設計図を見てから生産に取り掛かるような特殊部品は、納品までに何カ月も掛かってしまう。

 「しかし、どのような特殊部品がいつ必要になるかが少しでも早くわかり、部品メーカーの側でもそれを知ることができれば状況は一変」する。そこで、同社は一定のアクセス制限の下、外部の部品メーカーに対して、正式な受注前でも必要な情報を「見える化」し、設計図の完成を待たずに準備を進められるようにした。これにより、開発期間の大幅な短縮に成功したのだという。

 では「見せる化」とは何か。こちらは「見える化」が必要な情報を開示するだけであるのに対し、「その情報が、相手にとってより有益なものになるよう加工すること」を指す。例えば、ある数値の羅列を見たところで、そこから意味をくみ取れるかどうかは見る人次第である。そこで数値をグラフ化したり、複数のデータとの関連性を分かりやすく視覚化したりといった加工が必要になる。

 企業で言えば、営業スタッフが新製品の設計情報や内部構造などを知ったところで業務に役立てるのは難しい。そこでカタログが完成する前に、あらゆる情報から新製品のデザインや機能、アピールポイントなどの情報に加工する。つまり、閲覧者の立場やニーズに合わせて、業務のゴールに向けてスピーディに正しいアクションを起こせるよう情報を加工する――これが「見せる化」だと説くのである。

 そして何より重要なのは、サムスンではこうした「見える化」と「見せる化」の違いを見据え、それぞれを分けて提示するシステムを構築したということだろう。「見える化」は意思決定までの時間を短縮するが、データの解釈は1人1人が異なる。そこで意思決定の精度とスピードを向上させるために「見せる化」が必要だと位置付けたのである。

 すなわち、業務にかかわるさまざまなプレイヤーの立場に合わせて、複数のデータソースをカスタマイズして提供することで、意思とアクションを自社のゴールに向けて正しく、スピーディに収束していく仕組み――すなわち“システム”を築いたのだ。そして吉川氏は、まさしくこのシステムこそが、サムスンのビジネス展開のスピードを支えていたと説くのである。

 さて、いかがだろう。「見える化」という言葉は以前から使われてきただけに、その意味や意義を認識している人は多いことだろう。「見える化」のための製品・サービスも複数のベンダからリリースされ、多くの企業が導入している。だが本当に大切なのは、実はデータを開示したり共有したりすること自体ではなく、“どのように開示し、共有するか”という「見せ方」なのだ。換言すれば、自社のゴールに意思とアクションを収束していくための“仕組み”=システムがなければ、データは単なる文字や数値の集積に過ぎず、ビジネスを加速させるどころか、かえって遅滞させかねないのである。

 だが吉川氏は、「日本ではようやく『見える化』が進み始めたようだが、まだ(多くの企業において)『見せる化』はまったくできていない」と指摘する。言うまでもなく、「どう見せるか」は、自社のゴールとそこに向けた道筋、ITで実現したいことが明確に見えていなければ策定することはできない。これは情報共有・分析ツールに限らないIT活用の基本でもあるわけだが、あなたの会社ではいかがだろう? そのツールは、自社のビジネスを加速させる“システム”として機能しているだろうか?

 本書には、サムスンの事例を通じて、吉川氏が長年の経験の中で得たIT活用の基本や本質が豊富に収められている。ぜひ本書を片手に、自社のIT活用の在り方を振り返ってみてはいかがだろう。


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