コラム
» 2004年06月21日 06時44分 UPDATE

Intel著作権政策責任者との対話:日本のコンテンツ保護は厳しすぎる――なぜ戦わないのか? (2/3)

[小寺信良,ITmedia]

ローレンス氏:「わたしはアメリカと日本のユーザーに、大きな差があるとは見ていません。個人用のコピーをすることができて、それをレコーディング可能な物理メディアに格納したいというのは、平均的なアメリカのコンシューマーの要望でもあります。その期待を満たすためにも、Intelは日本のいくつかの会社とともに保護機構のメカニズムというものを手がけてきました。例えばSDカードなどがそうです」

 「一方HDDによる記録は、新しい可能性があると思っています。音楽のジュークボックス化や、ビデオの保存など、HDDそのものをライブラリーとして使うという形態です」

 だが筆者には、ライブラリーのマスターがHDDという状況というのは、想像しにくい。今までHDDの接続方式は速いスピードで進化してきたし、リムーバブルHDD規格だって生まれては消えた。この消え方も徹底的で、今となってはアキバのジャンク屋でもめったに見かけないほど、メディアやドライブは世の中から完全に駆逐された。そんな経験から、HDDにコンテンツを長期保存するという考え方には、不安を感じる。

ホワイトサイド氏:「その考え方はよく理解できます。ですが、物理メディアの進化は、あってしかるべきことです。わたしも家にVHSのビデオライブラリーを持っていましたが、DVDの出現によってあっという間に陳腐化しました(笑)。ですがそれを新しいメディアにバックアップコピーすることで、ライブラリーを維持できます。そしてこれこそが、コンシューマーにおける柔軟性の重要性を意味していると思うのです」

 「重要な点は、新しいテクノロジーによって、新しい事業機会が作り出せるということです。プロテクトされたコンテンツであっても、新しいメディアへの対応は許されるべきです」

 「このような新しいビジネスモデルが登場する一方で、古いビジネスモデルもあります。例えば現在でもコンテンツの保護という名目で、課徴金制度が認められています。われわれの立場としては、このような課徴金というシステムは、なくさなければならないと考えています。新しい保護テクノロジーや、それによるコピーの管理方法を進めるべきです。それが結果的に、コンシューマーを喜ばせることができるでしょう」

戦うコンシューマー

 コンテンツの柔軟な利用という点では、昨今の音楽業界の動きを抜きには語れない。映像のデジタル化の前にオーディオはデジタル化され、柔軟な利用形態もまた映像に先がけて議論され、実践されてきたからだ。ただし米国での話だが。そのあたりを伺ってみよう。

ホワイトサイド氏:「米音楽業界は、コンシューマーに対して柔軟性をもったアプローチを提供しています。コンシューマーの期待にうまく応えていると思っています。ですがこれが実現するまでには、長い時間がかかりました。米国の習慣として、一般の人が何らかのフラストレーションを抱えていれば、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなくそれを表明するという動きがあります。デジタルミュージックサービスについては、公(おおやけ)の場で活発な議論が、数年間に渡って行なわれました」

ローレンス氏:「米国には、多くの消費者団体があります。彼らはP2P技術の長所短所も含め、コンシューマーではもっと簡単に、もっと柔軟性ある形であるべきだ、われわれはそういうものを選択していく、という要望を、音楽産業に対して強く主張しました。もちろん公の議論には多くの学者が参加し、いかにしてコンシューマーの利害と、権利保有者の利害を調整すべきかという議論が成されました。このおかげで、政府に依存しない、新しいタイプの音楽配信が生まれたのです」

ホワイトサイド氏:「反対に私がお伺いしたいのは、日本のコンテンツサービスのあり方に不満があるとしたら、日本でコンシューマー側から要求や期待を伝えるという努力がなされただろうか、ということです」

 それを言われると耳が痛い。例えばCCCDや放送のコピーワンスに対して、水面下では反対意見が多く聞かれるが、それが“組織的運動”にまで昇華した例は、寡聞にしてあまり聞いたことがない。最近のニュースでそういった著作権関係の運動といえば、邦楽CDの還流阻止法案の弊害について、音楽評論家らを交えたパネルディスカッションが行なわれたといったことぐらいだろうか。

 ただちょっと大人げない言い訳をさせてもらえるならば、われわれ日本人は、どうも団体交渉の成果ということに対して、多くを期待していないようなところはないだろうか。例えばデモ行進などに参加したとしても、それによって何かが変わるという気はしない。結局は力を持ったヤツに強引に蹴散らされていくというケースを多く目にする度に、そういう交渉のあり方って効果ないんじゃないの? と思ってしまうのだ。

 そう言う意味では、アメリカ流のギラギラした戦闘意欲を日本のコンシューマーに求められても、困っちゃうのである。

日本人流の戦い方

 では、われわれならではのアピールの仕方とは、どういうスタイルだろう。

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