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サーバ型放送〜異なるNHKと地上波民放の思惑(後編)(2/2 ページ)

» 2004年10月14日 13時57分 公開
[西正,ITmedia]
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 ここまで、サーバ型放送に対するNHKと民放のスタンスの違いについて述べてきた。だが、新たなサービスを開始するに当たって、協力し合えるところはないのだろうか? そう考えると、NHKと民放は、必ずしも対立する構図ばかりではなさそうだ。

トレソーラの教訓

 IP系でのコンテンツ配信実験を行うために東京放送(TBS)、フジテレビ、テレビ朝日の3社で作った会社がトレソーラだ。採算が合わないということで撤退する見込みのようだが、トライアルとしては、放送業界に多くの教訓を残した。

 先に述べたように、IPを使った蓄積型放送には、IPベースでコンテンツが流れる点はともかく、放送局の「編成」からあまり離れてしまい、好きな時に視聴できるというようなことになると、今の民放事業の枠組みが成り立たなくなってしまうという問題がある。

 ただ、そういう事情があることは別にしても、トレソーラの実験から分かったことは、インフラにコストがかかり過ぎるということであった。PCを端末に使ったこともあって、独自の著作権管理ソフトを開発せざるを得なくなった。それを導入したことによって、またマーケットが小さくなってしまうという悪循環で、どんどんビジネスが縮小していくことになってしまった。

 サーバ型放送の仕組みが現在、目指しているのは、今のテレビを使おうということと、個別のブロードバンドISPのSTBではなくて、標準のサーバ型受信機を使おうというものだ。放送波から来るか、ブロードバンドから来るかは、事業者によってさまざまだろうが、誰でもが買える、引っ越してもそのまま使えるという“端末”でサービスをしようということである。

 サービス的にも、放送をポータルとして使いながらも、インターネットを通じてVODのコンテンツを取って来るという形態が取れるので、そういう意味では、例えば、「冬のソナタ」を見始めたのが第三話目だったという時に、データ放送画面からポータルに飛んで、初回とか2回目のコンテンツをVODで引っ張ってきて見られるというような環境がユーザー側に整えば、利用される頻度も高まることが期待される。

サービスの開始時期

 サービスの開始の目処は、光ファィバー級のブロードバンドがかなり普及してくるであろう2007年前後のタイミングになるだろう。2006年のカレンダーがまだ残っているうちに初期的なサービスが始まって、2007年ぐらいから徐々に色々な事業者が参画してくるという構図が描かれている。

 ただ、あまりグズグズしていると、外付けのHDD付きDVDレコーダーにEPGを組み合わせれば、後から自分の見たいものだけつまみ出して見るということはできてしまう。ユーザーからすればそれで十分だと思われてしまったら、サーバ型放送不要論も出てくることになりかねない。それゆえ、放送業界もあまり遅らせたくないと考えているようだ。

 HDD付きDVDレコーダーでできる範囲は技術的にもビジネス的にも限られてくる。大々的に展開していこうとすれば、それなりのコストも必要になるし、今のデジタルレコーダーの流れの中だけでは限界があるだろう。それなりに魅力のあるサービスを展開していくためには、サーバ型放送の仕組みができてこないと難しい。

NHKと民放の関係

 民放の場合には“民間企業”のため、公共放送たるNHKとは異なり、新たなサービスを始めるに当たっても、何らかの収入に結びつかない限りは、モチベーションが出てこない。

 視点を変えて、米国での音楽ビジネスについて見てみよう。AppleのiTunesが大ブレイクしたが、その数年前にはNapsterのような“イリーガル”なものが出てきて、CDの売り上げに大打撃を与えたことは記憶に新しい。

 ある意味では、米国の音楽業界では正規の流通ルートを確立しないうちに、Napsterのようなものにかく乱される形になってしまったわけだ。それを受けて、ある種のルール化を図ることを考えた結果、Appleは成功を収めたし、後にMicrosoftも含めて色々なところが続きだした経緯がある。

 今のブロードバンドの状況からすると、音楽から映像まで流せるように発展してきているだけに、日本に限ったことではないかもしれないが、放送業界、メーカー、通信業界など、音楽・映像ビジネスに関わる人たちが、ちゃんとしたルールを作らないと、無秩序な物が色々と虫食い的に出てきてしまう危険性がある。

 そうなると、著作権も守られなくなるし、良質なコンテンツも出てこなくなり、アンダーグラウンドなビジネスだけが活躍することになる。これはユーザーにとっても決してありがたい話ではないはずだ。

 そういう意味では、日本の映像コンテンツ産業の「中核的存在」であると自負している地上波の放送局が、正規のルートでコンテンツを流せる仕組みを、秩序をもって作っていく必要があるわけだ。むろん、それをアンダーグラウンドのものが出てくるよりも先にやらなければ意味がない。

 それこそが、NHKにとっても民放にとっても、サーバ型放送に関わっていく“最も基本的なモチベーション”になるのではなかろうか。

 映像コンテンツ市場をこのまま放置しておくと、放送ビジネスそのものが先細りになっていく可能性もある。これはおそらく杞憂とは言えまい。ブロードバンドを使って、何のルールにも従わず、自由自在に色々なことをする人たちが出てくることが予期されることからすると、むしろ放送局が先回りして正規の秩序を作り上げておくべきなのではなかろうか。

 そうした必然性を考えれば、そこにNHKであるとか、民放であるとかの対立の構図を持ち込んでいる場合ではないはずだ。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、潟IフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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