コラム
» 2005年04月18日 04時34分 UPDATE

ノイズリダクションの落とし穴――ノイズと表現の境界線 (1/3)

デジタルレコーダーではたいてい録画時と再生時にノイズリダクション処理を行なっている。電波の受信状態などで混入したノイズをカットすることは基本的に“あるべき処理”なのだが、問題は制作者が“意図的”に入れたノイズまで省いてしまうことだ。ノイズと「表現」の境界線は、実は非常にビミョーなものなのである。

[小寺信良,ITmedia]

 筆者がデジタルレコーダーなどの映像機器レビュワーとしてそこそこ仕事がもらえているというのは、やはり長らく放送の仕事をしてきたというのが大きな要因だろう。民生機のレコーダーをプロの現場で使うわけではないが、「録画を商売にしている」となると、見るべきところも必然的に違ってくる。

 プロ用レコーダーで「画質が良い」と言えば、すなわち「入力に対して忠実である」ということになる。つまり、限りなく信号に手を加えずにそのまま記録し、再生できることがベストなわけである。

 だがコンシューマー用デジタルレコーダーの「画質が良い」は、元々S/Nの悪いアナログ放送波をさらに圧縮記録するために、「入力に忠実」ということは最初から無理だ。したがってそこに独特の、「絵作り」という要素が入ることになる。

 筆者のレビューでは、レコーダーの画質に関してはあまり積極的に批評していない。プロの視点でそのまま民生機を見てしまうと、もうどれもこれもが全然ダメってことになってしまうからである。だからそれなりに割り引いて考える必要があるわけだが、そうなると何をもって「画質が良い」とか「悪い」とかの評価をすべきなのかは、非常に主観的なものとなる。

混入したノイズ、表現としてのノイズ

 デジタルレコーダーでは、たいてい録画時と再生時にNR(ノイズリダクション)処理を行なっている。録画時のNRは、入力されたアナログ信号からノイズ成分をカットすることで無駄な情報を減らし、MPEGエンコーダに効率よくエンコードさせることが目的である。

 例えば平坦な絵柄ならば、MPEGのアルゴリズムからすれば、低ビットレートでもそれほど劣化せずに圧縮できるはずである。しかしそこに細かいノイズ成分があると、そのノイズを再現するためのビットレートが必要となってしまい、効率が悪くなる。

 そもそもアナログのテレビ放送ではどの段階でノイズが混入するかというと、電波の受信状態が悪かったり、大型電源やエンジンから発生する電磁波をアンテナ線が拾ってしまったり、分配器やコネクタで信号が減衰してしまったりといったところだろう。

 もちろんこれらのノイズは、誰かが意図したものではなく、誤って混入したものであるから、ないにこしたことはない。だからNRでそれを取って、本来の信号だと思われるものに作りかえてやることには、コンテンツ制作者の意図を忠実に再現するという意味にもなる。

 だがもし、作り手側が意図してノイズを入れたとしたら、どうなるだろうか。ノイズ成分と映像信号が一体化してしまっている場合、どれが元々の映像に含まれるノイズで、どれが後から加わったノイズなのか、判別する手段はない。

フィルムの味とは

 テレビで放送されるコンテンツのほとんどはビデオ撮りだが、一部にはフィルム撮りもある。映画はもちろん、一部の時代劇やアニメ、コマーシャルもフィルムで撮影されている。

 これだけビデオ機材が発達しても、フィルム撮影がなくならないのは、映像としてビデオにはないメリットがあるからだ。それは色の深みであったりラティチュードの広さだったり、あるいはレンズの味であったりするわけだが、最近ではそれ以外の要素でも、改めてフィルムの質にこだわる演出家は多い。

 その要素の1つが、フィルムグレインである。フィルムグレインとは、フィルムに起因する粒子ノイズのことだ。映画とはフィルム1コマ1コマの静止画を連続で映写することで、動画として見えるようにしたものであることはご存知だろう。

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