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地上波のビジネスモデルが壊れていくことは、視聴者に幸福をもたらすか?(2/2 ページ)

» 2005年05月06日 10時18分 公開
[西正,ITmedia]
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 NHKが広告放送に進出することは、民放が断固として反対するであろうから、行き着く先はスクランブル化による有料放送化ということになろう。

 民放としても、広告収入が縮小していくことになれば、有料放送化せざるを得ないかもしれない。もちろん、テレビCMがなくなることはないので、有料・広告の相乗りモデルになろう。一般的な新聞や雑誌と同じスタイルである。

 その結果、NHKの番組を見るのにも、民放の番組を見るのにも、料金を支払う必要が出てくる。無料放送というものはなくなってしまうのだ。そんな馬鹿な、と言うかもしれないが、世界中を見れば、無料放送のない国などたくさんある。別に奇怪なことでも何でもないのだ。

 そうなった途端に「地上波放送を無料で見られなくなるとはケシカラン」と言ってみたところで、放送局も企業体である以上、存続していくための選択肢を取らざるを得ないのは当たり前のことであり、「ケシカランと言うが、それではどうやって生きて行けばよいのか?」と問い返されるだけである。

 空気や水は無料(タダ)だと思っていたら、ペットボトルに入った水が売られているのが当たり前になった。テレビもタダだと思っていると、いつかそれは昔話になってしまうかもしれない。

 米国では既に、ペイテレビの視聴比率が5割を超えている。見たい番組があれば、有料であっても構わないというわけだ。まして、ケーブルテレビ経由の視聴者が圧倒的に多いことから、フリーテレビが優位性を発揮するとは限らない事情がある。日本でも地上波放送をケーブルテレビ経由で視聴している世帯が5割を超えている。実態としては、地上波放送は無料放送でなくなりつつあるとも言える。

 とは言え、地上波民放までが有料化するということは、視聴者にとってあまり良い知らせであるとは思えない。筆者が「たら」「れば」の机上の空論をしていると思う読者もおられるかもしれないが、NHKについても、民放についても、今のビジネスモデルを否定しているのは、他でもない、視聴者自身なのである。

 テレビ広告市場が縮小するというだけのことであるならば、今の5系統ある民放が再編されることになる可能性がある。しかし、そもそものビジネスモデル自体が壊れていくのだとしたら、その先に待ち受けているシナリオは、無料放送が消滅すると考えた方が現実的である。

 地上波民放が有料化することになれば、今のペイテレビ各社の経営に対する影響は甚大なものとなろう。各家庭の情報系への支出可能な財布の中身は、そう増えていくとは考えられない。ただでさえ、携帯電話やインターネットへの支出が増えつつある中、そこから少しでも多くシェアされるよう、ペイテレビ各社は苦労している。テレビにばかりお金を払うわけにはいかないので、地上波民放はもちろん、民放キー局系のBSデジタル放送までが有料化することになれば、どうしても今のペイテレビに回るお金は今より減少せざるを得なくなることになりかねない。

 放送サービスが原則として有料になれば、その原因となった録画・蓄積行為への制約は、無料放送であった時とは変わってくるだろう。何のことはない。利便性ばかり強調した結果として、それらの利便性はかえって低下することになりかねないのである。

 これがNHK受信料の不払いや、民放のCM飛ばしを、声高らかに大合唱したことがもたらす結末である。結局のところ、今の地上波放送のビジネスモデルが大きく変わることになれば、視聴者にとって不幸なシナリオしか描けないのだ。

 なにごともほどほどにしておくことが肝要だ――筆者が主張したいのはそのことである。目の前の利便性しか見ていないと、3年先、5年先には、非常に不便なことにもなりかねない。

 ライブドアの堀江貴文社長がネット至上主義を強く主張したことが一石を投じた形になって、ジャーナリズムのあり方についてを始めとした議論が盛り上がりを見せている。そこでは利便性の良し悪しがすべてではないという論調も多く見られる。一方、既存の地上波放送のビジネスモデルが壊れつつあるのは、利便性優先主義によるものである。誰もが磐石だと思って安心し切っていた足元の部分が、少しずつぐらつき始めていることに、視聴者自身も早く気が付くべきだろう。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「モバイル放送の挑戦」(インターフィールド)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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